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評者◆杉本真維子
記憶の文身
No.3555 ・ 2022年08月13日




■髪を洗っているとなぜか昔のことばかりが次々と思い出される。それも、全然いい思い出ではなくて、できることなら忘れ去りたい、傷心の記憶ばかり。その核のところにあるのは少女時代に家族やおとなたちとの関係のなかで生じた違和感だが、ほかにもぽつぽつと、古い映像がまさにシャンプーの泡のように生まれてははじける。
 かつて人から受けた悪意あることば。私が言い放ってしまった恐ろしいことば。自分を大事にしなさいと忠告され、そう心がけたつもりが、ただのわがままになっていて、関係をそこなったこと(この二つの違いはいまだによくわからない)。思い出しただけで心に鈍痛がはしるが、完全な忘却を望んでいるかといえば、そうともいえない気がする。
 たとえるなら、心のさいごの受け皿のようなところに淀んている水だ。それが排水口から落ちていかない。いや、落ちることを私自身が許していない。この手で必ずカタをつけるのだと、もうとっくに過ぎ去って目の前にないことであっても、烈しく思っている。なんという心の火柱。十年経とうが、五十年経とうが、時間の経過は関係がない。
 このような刻まれ方をした思い出を「記憶の文身」と呼ぶ。もしかしたら誰もが一つや二つ、持っているかもしれない。暗い感情だが、これもまた私たちを、裏側から強烈に生かしめているものなのだろう。
 最近読んだ詩集、石下典子『ナラティブ/もしもの街で』(栃木文化社)には「髪をあらう日」という詩がある。その最終連にはこう書かれている。

ことばを淀ませて湯音にま ぎれる
ふるい絵
昨日のことを度忘れしても
消えはしない記憶の文身

 ここで語り手は、高齢の母と思われる人の髪を洗っている。言葉を淀ませているのは、語り手なのか、母なのか。おそらく両者なのだろう。「じくじくとするような老いを/あらう者に仕方なくあずけ/だれもがたどる未知を見せようとしている」母のやわらかな髪のあいだに指先を入れながら、語り手は母のなかへ深く分け入り、その「記憶の文身」をつきあてるのだ。
 それがどんな記憶かはここには書かないが、つきあてられているものが自己のではなく他者の「記憶の文身」であるというところに、私は大きな希望をみた。言葉で他者へと分け入ることはその痛みを分かち合うことであり、そうでなければ書くことじたい許されてはいけない、という厳しい倫理観が、この詩の背後にはあるようだ。それがこれほどまでに深い寄り添いを可能にし、かつ信じられる詩として、読むものの「今」を支えている。
 詩にできることはこういうことなのだ、と改めて思うこととなった。たった一篇の詩が、人と人とのあいだの暗い境界を溶かしきる。







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