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評者◆凪一木
その115 正念場
No.3516 ・ 2021年10月23日




■もう、こんな状況で、こんな連中と一緒になって、遊んではいられない。
 私には一つのアキレス腱があった。書籍を著していて、またその次の企画に奔走していて、取材をしたり、或いはそれなり試写に通って映画評論を書いている「物書き」の一面もあって、ビル管自体が「もう一つの」仕事にしか思えないところがあった。なので本気になっても片足しか突っ込めないときが必ず出てくる。いや、二つに一つを選ぶときには、どうしたってビル管は放棄する。だから、その意味ではビル管しか仕事をしない同僚たちの、その真剣味、本職度、本気度の低さに対して、どこか頭に来ていた。通称「ビル管」と呼ばれる資格試験を受けようともせずに、口先だけはハリウッドで仕事をしたいなどと言いながら、Ⅴシネマのエキストラで一生終わっていくような、そんな連中に飽き飽きしていたのだ。
 二足のわらじでもないのに、「ビル管」こそが本業でありながら、「一兵卒で良い」というその心性に、その怠惰に、我慢できない部分がある。そこに甘んじているなら、いっぱしの文句を言うな。安かろう、悪かろうの給与に見合った仕事しかする気の無い、要はいかにサボろうとするかが目標。そういう人たちが、この国の災害からビルを含めた環境衛生を守れるはずがない。
 ここが正念場だ。「寄らば大樹の陰」の中の、無数にいる陰のうちの一人になるのか、それとも大樹になるのか、である。
 これまで書いてきたように、ビル管には二つのタイプがある。残り少ない仕事人生を、ただ下っ端として、向上心なく、お気楽さだけを目指して、無責任に、適当に「やり過ごす」ビルメン型か。それとも、責任をもって、(パワハラをする奴が多いのだが)少なくとも、やり過ごすのではなく「稼ごう」として、(何に対してかはともかくも)向上心だけは持って仕事をしていくビルマネ型である。
 今が、年齢的にも、キャリア的にも、コロナ禍後という時代状況においても、まさに正念場なのである。モッズの歌ではないが、♪どちらにするのかはっきりしなよ。というわけだ。人生は、どんなときでも自分で切り開いていくしかない。
 会社なんか行かなくなる方が、まともな人間ではないか。そう思えるときもあった。「物書き」という云わば才能第一主義のフリーで生きていく側からすると、奴隷のシステムに殉じる非人間的不自由な振る舞いを、どうしても蔑んでみる傾向があった。いや、今でもある。会社ごっこをしているような、覚めた目で見ることを覚えてしまうと、とてもじゃないが、バカらしくて行く気になどならない。ふざけた奴ほど高い点数が貰えてお金に反映される。それが、日本の多くの会社の仕組みだ。
 それでも私は、なのだ。
 こんな会社は、そしてその上のあんなゼネコンの子会社は、クソ食らえだ。だが、相手にしていられないとはいえ、放っておくわけにはいかない。闘ってから、ある程度の闘争をやり尽くしてから辞める。会社にショック療法を与える。業界の目を醒ます。日本を変えてやる。日本中の寝た子を起こす。気分としてはそうである。
 昇給問題について、もう少し書く。たいていの人間は質問をしにくい。グレーゾーンをそのままにする。権力者にゆだねたままで、ブラックボックス化する。
 〈五月に昇給がありましたが、人により金額がまちまちです。以下の全員が正社員です。凪一木(二〇一六年六月入社)三〇〇〇円。同じ現場の二人とも年下で、ビル管を持っていないフェラーリ(二〇一九年三月入社)五〇〇〇円。ビル管を持っているので、初めから私より二万八〇〇〇円多く、先月さらに二万円昇給したマーシー(二〇一九年八月入社)五〇〇〇円。この金額差の理由について説明いただきたい。〉
 査定基準を明らかにしろという要求は出せるはずだ。以前の会社では、かなり詳細に決まっていた。結果はどうあれ、適当に誤魔化したり、一個人(K取締役部長)のさじ加減一つでどうにでもなる体制を何とかしてから辞めたい。なぜ上司の好悪感情一つに左右されなければならないのか。
 コップの中の嵐のごとくに、隣の芝生は青く見えるように、たかだか二〇〇〇円の差とはいえ、資格保有も私より少なく、あとから入ってきた、教えられるだけの年下の後輩社員の、いったいどこが、私より二〇〇〇円「高い」のか。そう思うと、イヤーな気持ちになる。会社からしてみるとフェラーリは、面倒臭い奴ではないし、上の者にしてみれば使い勝手がよく、置いておいても損はないわけだ。それに引き換え私は影響力がある。ユニオンに引き込むことはなくとも、同僚に有給休暇の消化を吹き込み、またその他の権利主張を一緒に主張するようになる。
 この記事を読む者からすると、こんな私が「皆よりも多く昇給して、良い気持ちだ」などという文章よりも、「少ない昇給に低い給料でイヤーな気持ちだ」と書く方が、面白がるのではないか。その点で自ら「良くないけど面白い」と慰めている。「良いけど詰まらない」よりはましだろう。
 だが差別されていること自体は問うべきだろう。一方の「文筆業」で好きなことを書き、もう一方の「ビル管業」で好きなことを言う。そういう統一した規格でもって生きているのだとは思うが、だからといってバランスが取れているわけではない。甘んじる気はないのである。
 金額の問題ではない、そこには感情が入り込んでいる。もし腹も立たないなら、それはセミプロだからだ。夢を語って現実逃避をするのではなく、ある特定の場所で、少しでも夢の前段階であれ、実現していくための行動を起こす。一銭を笑う者は一銭に泣く。たかが一銭とバカにして笑う者は、やがてその一銭にも困る羽目になる。金銭は少額でも粗末にしてはならない。私などが、二〇〇〇円であれこれ書いても特にどうということもないが、大作家が、取るに足らぬ実につまらぬことでクヨクヨと思い悩んでいる様を、紙面で見るのは面白くはないか。そういうことからすると、例え私なんぞであっても、その亜流としてお楽しみくだされ。
 ただし、金額が少ないから問いただしているわけではない。おかしいから問いただしている。問題の本質は、自治がないことである。誰かに(給与体系という)自治が握られていることである。それは、いかに「人間であることができるのか」という問題である。
 私は行動を起こすことにしたのである。
(建築物管理)







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