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評者◆睡蓮みどり
オリンピックが忘れているもの――青山真也監督『東京オリンピック2017 都営霞ヶ丘アパート』、内山雅人監督『パンケーキを毒味する』、ミカエル・マルシメーン監督『元カレとツイラクだけは絶対に避けたい件』、渡邉高章監督『土手と夫婦と幽霊』、ジョン・スー監督『返校 言葉が消えた日』
No.3507 ・ 2021年08月07日




■オリンピックがついに始まったらしい。らしい、というのは結局少しも見ていないので、実感が何もわかないのだ。ネットで流れてくるニュースで最小限に知るだけ。これが私のこの呪われたオリンピックに対する態度表明なのだ! と言いたいところだが、思い返せばどの年のオリンピックもまともに見たことがないのだった。とはいえ、もともと興味はなくとも、こんなに嫌悪感を抱いたことはかつてなかった。興味ある人が盛り上がるぶんには,当たり前だが構わない。今回は日本だけでなく世界でまだコロナが収まっていないこともあり、一年延期したとはいえこの時期にやることに不信感を抱いた人は多かった。それなのに結局当然のように開催され、開催中に「うーん、何かねえ」と言えば、何にでも文句を言う嫌な奴扱いされるこのモヤモヤ感。文句って、勝手に人の怒りや憂鬱を矮小化しないで欲しいんだけどな。
 「“感動”や“絆”が何かの犠牲の上にしか成り立たないのなら、そんなものは成立させなくていいと思う」。そうコメントを出したのは『東京オリンピック2017 都営霞ヶ丘アパート』という映画だ。霞ヶ丘アパートに暮らす人々がオリンピックを理由に生きる場所を奪われ、翻弄される現実を追ったドキュメ
ンタリーだ。東京都外苑前近くにあるその集合住宅は、オシャレタウンになった青山エリアではどこか浮いていた。何度もその前を通ったことがあるが、ノスタルジックな不思議な魅力があった。そのためか、写真撮影のロケ地としてもよく使われていたりした。オシャレじゃないところが逆にオシャレだということなのだろう。住人たちのなかには、オリンピックによって生活場所の移動を余儀なくされたのは二度目だという人もいる。しかし、霞ヶ丘アパートに住む大半の人は高齢者も含め、決して強者の側にはいない人々だ。この映画に映っているのは、今回のオリンピックが忘れているものだと痛感させられる。いや、忘れたふりをして見ないようにしているもの、だろうか。驚くほど、ただそっと人々に寄り添ったカメラは決して煽ることもなく、人が生きて暮らしていくということ、そこに生きる人たち一人一人に名前があるという当たり前のことを思い出させてくれる。この夏にこそぜひ見て欲しい。

 横浜市出身の私は、子どもの頃から街中に貼ってある菅義偉の写真を見て育ってきた。だからといって首相になっても何の感慨もないのだが、強いて言うなら「あの人がねえ」という感想。知り合いというわけではなく、とことん地味な人だというイメージがあったわけだ。「令和おじさん」「パンケーキおじさん」とやたらキャラクター化して“カワイイ”ものに仕立て上げて本質を見ないのが大好きなこの国の“ヤバさ”に切り込んでいくのが『パンケーキを毒味する』(7月30日(金)より、アップリンク吉祥寺ほか、全国順次公開)だ。現・菅政権が発足して、まだ一年も経っていない。プロデューサーが河村光庸さんであるという時点で、アンチ政府の視点で描かれていることはわかっている。こういう映画を面白いと思いつつ、もともと反権力的な考えを持つ人にしか届かないとしたらもったいないというか、見せ方が難しい。そういう意味で海外向けを意識しているのかもしれないが、風刺画としてのアニメーションを(同プロデューサーが手がけた森達也監督の『i――新聞記者』のときにもあった)なぜ毎回入れるのだろう、と疑問がわく。ナレーションが複数あってトーンが変わっていくのが、てんこもりすぎて少々疲れる。小細工的な面白さ抜きに、直球で勝負してもよかったのでは。積極的にSNSで“政治的発言”を堂々と発信している俳優の古舘寛治さんのナレーションで通して硬派に見せて欲しかった。共産党の機関紙「赤旗」の記者・編集者たちのエピソードは特に光っていて面白い。

 『元カレとツイラクだけは絶対に避けたい件』(8月6日(金)より、TOHOシネマズ日比谷ほか全国順次公開)というタイトルの軽さゆえに、何かすごいことが起こるのではと期待が高かった。仕事を理由に都会に戻るため別れたカップルが、友人の結婚式に出席するため島で再会するところから始まる。この暑い日が続くなかに、海が美しい島の様子を眺めるだけで心が踊る。普段飲まないピニャコラーダなど飲みたくなってくる。主人公同様にいい感じになっていると、邦題のタイトルにあるようなことが起こって一気にパニック映画になる。この手のパニック映画にありがちだが、本当にかわいそうなくらいに主人公たちに次から次へと災難が訪れる。伝統的なパニック映画の系譜であり、その意味での驚きはないものの、強いラム酒をロックで飲んでみたいと感じさせる爽快さが漂う。

 予告編を見て気になっていた『土手と夫婦と幽霊』。一言で言えば好みの映画だった。暗い感じの音楽もこのモノトーンの世界観にぴったりで素晴らしく、こういうアングラのにおいがプンプンする映画が好きなのだなとしみじみ思う。主人公が半ば記憶のないままに物語が進行し、なぜそこにいるのかわからない。不条理のなかで人間関係の謎が少しずつほぐれていく。食べ物を美味しそうに、ではなく不味そうに食べる顔。それもちょっとではなく、すごくなのである。これを惜しみなく映し出すことの大胆さと色気がすごい。一昔前の小説の会話口調。ボソボソとした男のナレーション、など何とも堪らない演出が続き、それが妙に心地よい。ラストシーンも記憶に刻まれるに違いない名シーンである。

 1962年の台湾。独裁政権により言論・思想の自由が奪われていた時代の高校を舞台にしたのが『返校 言葉が消えた日』(7月30日(金)より、TOHOシネマズシャンテほか全国順次公開)だ。自由な思想を持つことが許されずに弾圧され、最悪は死刑。教師と生徒、家族の崩壊、淡い恋心など青春ものの要素を盛り込みながらも、真の自由を求めて連帯しようとする教師と生徒の姿と、弾圧する側が上の命令によって“怪物”になってしまったことを視覚と音とそのストーリー性すべてによって、その世界に引き込んでいく。いや、引きずり込まれるという感覚だろうか。エグいシーンが多いものの、始終映像は美しく、計算されたエンターテインメントとしての悪夢を見せてくれる。漫画っぽいシーンも垣間見えるのだが、原作がホラーゲームなのだという。校舎から出られなくなった生徒たちが逃げようともがきながら、自分の精神世界と向き合いながら闘う様に胸が熱くなる。怖いというだけでなく何度もゾクゾクさせられた。そしてとてもこの現状が人ごとには思えなくなり、感情が乱される。この夏必見の映画だ。
(女優・文筆家)







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