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評者◆杉本真維子
匿名と恩寵
No.3500 ・ 2021年06月19日




■駅前のバスロータリーを抜けて西へすすむと、正面にレンガ色のマンションがあり、その一階に「湯屋」がある。乾いた路上で不意におそわれるふんだんな湯水のイメージにかすかな眩暈を覚えるが、口に出すほどではないので黙っている。建物の築年数は浅そうなのに外壁は褪色が目立っていて、上階のベランダに干してある布団がやけにおもそうに手すりにのし掛かって見える。やはり湿気がひどいのだろうか。要らぬ心配をするが、すぐに忘れて通り過ぎる。
 でも、何か情熱が募るように、湯水の波紋が幾重にも重なって、日増しにぶあつく心のふちに押し寄せてくる。とくに曇り空の肌寒い日は、かっと熱いものを求め、瞼のうらでごうごうとモーターのようなものが回っている気さえする。たまらず心のなかの鉄の扉を開けると、もわっとした湯気の向こうに、熱いレバーを操作する人間の手がある。それは、20年以上前、真夏の北京の大学の寮のボイラー室で見た、働く中国人の手だったが、そんな遠い記憶を呼びおこすくらい、熱い湯水に強く呼ばれた。
 脱衣所では、女たちがなぜかべらんめえ口調でしゃべっているのを聞いた。ボスのような高齢の女が、新入りと思しき女のとなりで、シャンプーはこれ、コンディショナーはこれ、としきりに世話を焼いている。いろいろな乳房があり、いろいろな尻があったが、それらはまだ持ち主の部分として、女にくっついてぶら下がっていた。だからこそ、恥じらいによってタオルで隠されていたし、周囲からも視線を外されていた。
 ところが、脱衣所を出て濡れた床の上に立ったとたん、いろいろな乳房やいろいろな尻は、ただそれだけのものとなって、眼前に躍り出た。見渡すと、隠されることのない女たちのはだかが、みな同一のつやを放って、あちこちで揺れていた。それはちょうど、こういうまなざしによって、捉えられたのだった。小池昌代「湯屋」(詩集『永遠に来ないバス』)から一部を引く。
「はだかになっても汚れのとれない/しんから疲れた老女が/がらがら と/戸を開けて入ってくる/(…)/水がゆれている/湯がふちからあふれている/わたしは/何も判断しない/丸太のようなこころになって/ひとのからだをみる/はだかの背や腰、尻のあたりや/それぞれの局部/流れる水もみた/抜けた髪の毛/女のからだのたくさんのくぼみ/そこへ水がたまり/滑り落ちていくのを/何年もいくどもみているような気がする」
 自分のまなざしをたしかめ、納得する。おそらくこの「丸太のような」心は、湯屋にいるほとんどの人がもつものだと思うが、一方でこれは、詩を書くときのまなざしでもある(もっといえば、詩人は詩を書いてないときも基本的にこうなのだと思う)。名前や属性など、あらゆる価値を剥ぎ取って対象を見るのだから、そのまなざしはやさしくもあり、残酷でもある。いずれにしても、湯屋以外の日常生活にはあまり馴染まないものだ。
 その「丸太のような」心が、あちらこちらで、ひたすらに湯の恵みを享受している。シャワーを勢いよく前髪に受け、ぷはっと息を吐く。髪の後ろも濡らす。あたたかい雫がつーっと頭皮を伝って、小さな毛穴のひとつひとつがひらき、何かが芯から目覚めていく。そうして、湯から上がり、汗がひいて服を着られるようになるまで、みなしばらくは、名前がないままでいる。







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