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評者◆粥川準二
日本のワクチン接種は「遅れている」のか?――「日本ダメ」論は「日本スゴイ」論の裏返し
No.3499 ・ 2021年06月12日




■本稿を執筆している五月三〇日現在、変異株が世界中で猛威を奮い、それらとワクチンがせめぎあっている。
 筆者を含め多くの人々は毎日、自分の住んでいる地域や全国の感染者数などの数字をチェックし、一喜一憂しているだろう。幸いにも、各省庁や自治体、そしてメディア各社はそれぞれ、感染者数(正確には陽性者数)などの生データをグラフなどにわかりやすく加工し、それらをまとめたサイトを特設して、頻繁に更新している。そうした「データサイト」は、東日本大震災のときにも設けられ、各地の放射線量などを現在まで伝え続けているものもある(原子力規制委員会「放射線モニタリングポスト情報」、など)。しかし今回の新型コロナ・パンデミックでは、その数も質もずっと上がっている。
 筆者は、全国や広島県の感染者数などを知りたいときには、東洋経済ONLINEの特設ページ「新型コロナウイルス国内感染の状況」を閲覧することが多い。たとえば現在、広島では、一日あたりの感染者数がやっと減り始めたことがひと目でわかる。
 ワクチンの接種状況については、日本経済新聞の「チャートで見る日本の接種状況 コロナワクチン」を見る。医療従事者のうち、二回接種した人が六割近くになってきているのは、朗報であろう。
 また、各国の感染状況を比較したいときには、英紙フィナンシャル・タイムズ(Financial Times)の「新型コロナを追う(Tracking Covid‐19)」という特設サイトにアクセスして、国名などをいろいろ変えてみることにしている。たとえば現在の新規感染者数を比べてみると、イギリスなどワクチン接種が進んでいる国の感染者数は確かに激減している。しかし、激減した結果として日本並みになった、ということもすぐにわかる。世界的に見れば、日本はパンデミック発生から現在に至るまで、感染者がきわめて少ない国なのである。
 実際のところ、通信社のブルームバーグは、「人口一〇万人当たりの一カ月の患者数」、「ワクチン接種をした人の比率」など五種類のデータを総合して計算し、「新型コロナ耐性ランキング(Covid Relisience Ranking)」を発表したが、日本は五三カ国中一四位であった(「新型コロナ、アメリカ、ヨーロッパが上位に。アジアは苦戦(U.S., Europe Rise in Best Places to Be in Covid;Asia Suffers)」、五月二五日)。前回の調査では七位だったそうなので、少し下がってはいるが、依然として上位ではある。
 国(や地域)によって人口構成や医療制度などは大きく異なるうえ、ウイルスの流入などはかなり「運」にも左右されるだろう。したがって各国を比較することによって、感染対策のヒントを探ることはできても、優劣をつけることはできない、と筆者は考えている。最近では、感染対策の最優等生とずっといわれてきた台湾で感染者が増えているという。感染対策が一〇〇点の国はないし、〇点の国もないのだ。
 以上のようなことを前提にすると、一部のメディアや書き手の態度は非常に見苦しい。
 たとえば東京新聞は「日本出身の海外で活動するジャーナリスト」六人を取材し、住んでいる国と日本のコロナ対策をどう見ているかを一覧表にまとめて掲載した(北川成史「日本のコロナ対策は「根性論」 海外在住ジャーナリストに聞く各国政府の採点は」、四月二八日)。ベルギー在住のあるジャーナリストによると、同国は八〇点で、日本は一〇点以下らしい。ベルギーは一時期、人口一〇万人あたりの感染者数が一五〇人を超えていた。最近では二〇人程度に減っているので、その努力は認められるべきだろう。しかし日本は最高でも五人を超えたことはない。この「ジャーナリスト」はいったい何を見ているのか。同様にドイツ在住のあるジャーナリストの判断もまるで説得力がない。また、スウェーデン在住のあるジャーナリストは、同国は「相対的には合格点」だという。人口一〇〇万人あたり一四二二人もの死者を出した国が「合格点」なのだろうか(日本は九七人)。同国の「集団免疫」戦略が世界中の専門家たちから厳しく批判されたこと、同国のグスタフ国王も「私たちは失敗した」と認めたことを、この「ジャーナリスト」は知らないのだろうか。この人物が日本については判断を「差し控える」と述べているのは救いである。
 そのほか、数え切れないほどのメディアや書き手たちが、日本ではワクチン接種が「遅れている」ことを激しく批判しているが、それもおかしい。前述の各種データサイトを見れば一目瞭然のように、日本の感染者数は比較的に少ない状態が続いている。アメリカやヨーロッパ各国、イスラエルほど急ぐ必要はないはずだ。少なくとも、感染者が激増しているインドなど新興国に配分されるべきワクチンを、カネの力で横取りするようなことは倫理的に許されない。
 日本独自の「クラスター対策」の立役者で、「八割おじさん」として知られる理論疫学者・西浦博は、各国のデータを厳密に検証したうえで、「いまアジアの中で、日本という国の責任はどうあるべきでしょうか」と問いかける。「一国の総理大臣が、大変な流行中に米国にまで渡り、ワクチンをより多く確保することが流行拡大中のアジアに誇れる行為だったのかどうか、実は国民を守るべき本感染症の科学的分析を提供する立場にいる身ですが、疑問を感じています」(「『ファクターX』、西浦博教授が報告「考察すると見えてきた“4つ”の事実」」、現代ビジネス、五月一九日)。西浦のこの態度は、知的誠実性にあふれていると筆者は思う。
 念のため述べておくと、筆者は「日本スゴイ」といいたいわけではない。日本で感染者が比較的少ないのは、クラスター対策が効いているのかもしれないし、ただの偶然かもしれない。「ファクターX」などと呼んで神秘化するつもりもない。一部のメディアや書き手による「日本ダメ」論は、右派的な「日本スゴイ」論を裏返しただけで、知的に不誠実だと指摘したいだけである。
(叡啓大学准教授・社会学・生命倫理)







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