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評者◆関大聡
コレージュ・ド・フランスの文学教授――アントワーヌ・コンパニョンとの一季節
No.3499 ・ 2021年06月12日




■「だが、このコレージュ・ド・フランスって何だ? フランソワ一世によって創設されたってことはわかった、入口に書いてあるから。だからどうした? 全市民に公開された講義などと謳ってはいるが、左翼の失業者だとか、年金生活者とか、夢想家だとか、パイプをくわえた先生方しか聴きに来ないし、それにテーマだって聞いたこともないようなあり得ないものばかり……。卒業証明もなければ試験もない。バルトとかフーコーとやらにわざわざ金を払って、人を煙に巻くような話をさせている。」
 これは批評家ロラン・バルトの死の「真相」をめぐる小説『言語の七番目の機能』の一節だ(ローラン・ビネ著、東京創元社、二〇二〇年)。バルトは一九七六年から急逝する一九八〇年まで、コレージュ・ド・フランスの教授として「文学の記号学」を担当した。彼やメルロ=ポンティ(「哲学」)、ミシェル・フーコー(「思考のシステムの歴史」)らの講義録は刊行・翻訳されているから、その名を目にした人も多いだろう。だが、コレージュとは何か、どういう組織なのか、知る者は案外少ないかもしれない。
 かくいう私もその一人だ。いささか恥を忍んで言うが、これまで一度も足を運んだことがなかった。言い訳になるが、二〇〇六年以降コレージュの講義はオンラインで聴講できるので、現地に赴く必要を感じなかったのだ。それでも去年の春頃には行こうと思った矢先、COVID‐19の感染拡大で全国的なロックダウン。夏には解除されたと思いきや二度目、三度目のロックダウン。この時期誰しもが一度は思ったに違いないが、先延ばしすることの愚を私も強く感じた次第だ。
 この五月十九日、ほぼ半年振りに門戸を開くというので、ようやく訪ねてみた。聴講したのは、医師としての経験のあと人類学者になったディディエ・ファサンの講座「公衆衛生の世界‥人類学的脱線」。コロナの時代、まさに時宜を得た講座というべきだが、これについてはまた別の機会に話そう。
 冒頭の引用にもあったように、コレージュはフランソワ一世によって一五三〇年に創設された。現在の教授数は五二名で、自然科学分野と人文・社会科学分野で当代最高の知性を集める。教授は年に十数回の講義を行えばよく、学生指導の必要はない。聴講者も試験を受ける必要がなく、学位授与さえ存在しない。通常の大学とは一線を画した学術機関だ。
 『コレージュ・ド・フランス 自由な学究の五世紀』(二〇一五)によれば、コレージュを特徴づけるのは「自由」の一語だ。創設の理念からして、スコラ学徒の牙城だったパリ大学神学部に対抗して自由な学問探究を旨とし、任命された教授は自らの意に沿うテーマで講義することができる。聴講者も金銭を払う必要や事前登録の必要はなく、自由に参加可能だ。もちろん、王政、帝政、共和政と移り変わる時の権力との間に微妙な駆け引きは存在したものの、自治と独立を重んじ、新しい講座・担当教授の選出は基本的に教授会の決定が尊重される。



 先に「去年の春頃には行こうと思った」と書いたが、その理由は、二〇〇六年からコレージュで「近代および現代のフランス文学‥歴史、批評、理論」の講座を担当していた、アントワーヌ・コンパニョンの最終講義の年だったからだ。前掲書『コレージュ・ド・フランス』の共著者でもある彼は、バルトの友人、弟子としても知られる仏文学者。モンテーニュ、ボードレール、プルーストを偏愛し、『モンテーニュとの一夏』(二〇一三年、邦訳『寝るまえ五分のモンテーニュ』白水社、二〇一四年)は時ならぬベストセラーともなった。と言うと王道を行く研究者と思われそうだが、出身は理工系のエリート校エコール・ポリテクニークで、文学に関してはむしろ独学者と称する、異色の経歴の持ち主でもある。
 バルト亡きあと、あるいは一般に、「文学理論」が世を席捲した六、七〇年代以降は、「ポスト理論」の時代と目される。だがもちろん、文学とその研究が終りを告げたわけではない。このポスト理論の季節に研究者として出発したのがコンパニョンだった。去年『文学史の誕生』(水声社)として翻訳された『文芸の第三共和国』(一九八三)では、文学理論が文学史に敵対し、
その乗り越えを図るあまり、歴史固有の問題系に盲目であったことを指摘し、ギュスターヴ・ランソンに始まる「文学史の歴史」を辿り直す必要を訴えた。これはバルトの弟子による「理論への裏切り」とも受け取られ、当時は反発も招いたものだ。だが、二〇年以上の時を経たコレージュの開講講義で彼も確認するように、今日ではもう、「理論と歴史」という対立が激しく演じられることはない。その和解に一役買ったのはひとえにコンパニョンの功績だろう。
 コンパニョン自身、理論的視座を放棄したわけではないことは、コレージュの講座名(「歴史、批評、理論」)からも明らかだ。各国語に翻訳された『文学をめぐる理論と常識』(一九九八年、邦訳・岩波書店、二〇〇七年)では、常識と真っ向から対立し、逆撫でするような文学理論が、時として過剰ゆえの隘路に陥ることを諫めつつ、かと言って保守的常識に回帰するでもない、理論と常識の「間」に立つことを求めていた。あらためて講座名をよく眺めてみ
ると、歴史と理論の間に「批評」を置いた意味は深長だ。こう言ってよければ、理論と歴史、テクストとコンテクストの間に、彼は自らの批評的立場を求めたのだ。「真理はいつも「間」にある」と『理論と常識』の著者は言う。あるいは、『二つの世紀の間のプルースト』(一九八九)で、『失われた時を求めて』を「間の小説」と呼んでいたことが想い出される。
 いずれにせよ、八〇年代以降のフランス文学研究は、歴史との和解を果たした。それは歴史学や社会学との領域横断的な対話の産物でもある。たとえばブルデュー社会学における「場」の論理や、それを文学研究に応用した『芸術の規則』の影響、そして今日「文学社会学」がもたらす豊かな成果については、また稿を改めて論じられるにふさわしい。だが、いささか素朴な異論にせよ、文学社会学が自律性の獲得を近代における文学の辿る途だとし、前衛をその担い手とするとき、その前提は近代主義的=進歩主義的=前衛主義的な図式と共振する。
 これに対して近年のフランス文学研究は、反動や後衛といった、歴史の論理に背を向けた作家たちへの注目を新たにしてきた。『近代芸術の五つのパラドックス』(一九九〇年、邦訳・水声社、一九九九年)を経て、『アンチモダン』(二〇〇五年、邦訳・名古屋大学出版会、二〇一二年)に結実する、コンパニョンの研究のもうひとつの系譜だ。
 アンチモダンとは「心ならずもモダンであった近代人」、「引き裂かれた近代人」だと彼は言う。近代を生きながら、進歩の形而上学にあらがう彼らの両義的な態度には、時代に欺かれまいとする自由への意志が認められる。ここでもやはり、アンチモダンとはモダンとその反対物の「間」に立つ存在なのだ。だが、それでは誰がアンチモダンで、誰が単純にモダンなのだろうか。
 連載の第六回、第八回で論じたミシェル・ウエルベックと新反動主義の問題を例に取ろう。そもそもアンチモダンと反動の関係が曖昧ではある。アンチモダンとは反動を扱いやすくするための価値中立的なラベリングではないか、という感も否めない。コンパニョンは両者を区別するが、他方でアンチモダンとは「魅力的な反動」に他ならないとも言う。ではウエルベックはどうか。彼は魅力的な反動ではないだろうか?
 彼の小説の訳者である野崎歓や、以前に名前を挙げたドミニク・ラバテなどは、ウエルベックをアンチモダンと認める。だが論集『現代性への論争 アンチモダンと反動たち』(二〇一一)でコンパニョンはこの問題に触れ、ウエルベックはモダンなものを通過せず、「プルーストもジョイスもいなかったかのように、一九世紀末の自然主義者のように考え、書いている」のだから、アンチモダンではないと断じている。奇妙な診断だ。だがその曖昧さのおかげもあり、文学史の見捨てられた多くの側面への再検討が可能になったのは事実で、この点もコンパニョンの不滅の功績となった。



 コレージュの話に戻ろう。十五年間の講義タイトルは次のとおり。「プルースト、文学の記憶」、「プルーストのモラル」、「生を書く‥モンテーニュ、スタンダール、プルースト」、「一九六六年‥奇跡の年」、「モダンにしてアンチモダンのボードレール」、「一九一三年のプルースト」、「文学戦争」、「文学の屑拾い‥ボードレールほか」、「格闘技としての文学」、「エッセイストとしてのプルースト」、「文学の終り」。奇を衒った派手さはないが、興味を惹かれるものは多い。いずれもコレージュのウェブサイトから聴講でき、開講講義『文学、何をするための?』(二〇〇七)から『パリの屑拾い』(二〇一七)まで、講義を基にした刊行物も数多い。
 その開講講義では、「文学には何ができるか」という問いに正面から向き合い、今日の「倫理的回帰」と呼べる状況下で、自己や他者を知るために文学が役立ち得る、という見解に立った。本人も強調するように、これはあくまで賭けである。「ポスト理論」だけでなく「ポスト文学」が語られる季節に、それでも文学の可能性に投機するという賭け。なるほど文学は危機にあるが、その危機は文学と現代性の運動そのものに属するものであり、その脆さこそが文学を魅力的にする――開講講義はこのように締め括られていた。コレージュでの十五年間は、この脆さとの戯れに他ならなかったと言いたい。
 最終年度の講義を「文学の終り」と題したのは、この意味で偶然でない。晩年様式(レイト・スタイル)、老齢、筆を折ることなど、書くことの「終り」をめぐる様々な主題を扱い、抽象論でなく具体的な終りを論じながら、ついにペシミズムに傾くことはなかった。今年の一月十二日まで繰り延べられた最終回では、時を越えて生き延びる「永遠の詩人」の神話に触れ、「文学には終りがない」とはっきり結んだ。同じ神話が、初年度講義「プルースト、文学の記憶」でも言及されていたことを忘れず指摘しておこう。始まりと終りは円環を結び、直線的なモデルを回避するのだ。
 「王様は死んだ、王様万歳!」……かくてコンパニョンはコレージュを去り、後任ポジションには、すでに著書の日本語訳も進んでいるウィリアム・マルクスが就いた。講座名はシンプルな「比較文学」、だがそれを複数形で綴り、今日の文学世界の多数性に力点を置く。「フランス文学」ではなく「比較文学」、ここに歴史の新しいページがめくられる思いを抱くのは、私だけではあるまい。新しい季節の訪れに、文学はどんな相貌を見せてくれるだろうか。私たちはそれを楽しみにしてよい。
(フランス文学・思想)







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