書評/新聞記事 検索  図書新聞は、毎週土曜日書店発売、定期購読も承ります
評者◆凪一木
その60 リストラ対象
No.3461 ・ 2020年08月29日




■もう三月である。緊急なので駆け込みで書くのだが、パンデミックである。コロナショックである。経済恐慌が起こるかもしれない。この記事が出る頃には、東京五輪が中止になっているのだろうか。
 私はと言うと、実はこの三月一〇日と二〇日に、東日本大震災から九年目の前日と、地下鉄サリン事件から三五年目のその日に、それぞれ小冊子を出した。出版社から出す話もあったが、おそらくは、この形では絶対に出ないものなのだ。なぜかと言うと、明らかにそういう時代ではないからだ。個人vs.組織とか、ビジネスvs.信念とかの問題について、本気の極私的な戦いは、まず自らやってみることでしか先は見えてこないからだ。
 さて、三月いっぱいで、今いる六人の現場を五人に減らすという。
 遅すぎるだろう。はじめて話を持ってくること自体が二週間前とは……。そういう無責任な会社であり、出鱈目な業界である。
 人員のおさらいをする。五七歳の私。同級生のサイコパス責任者最古透。同じく責任者として入ってきた、こちらはこの現場で唯一ビル管を持っている元証券マンのマーシー五〇歳。元カメラマンのフェラーリ五五歳。樵になり損ねた野獣系の読書家「太った田中邦衛」四九歳。そして国立大工学部出身の工ちゃん三六歳だ。
 私は、労働問題その他で揉めているので、会社としては現場云々よりも「会社を」辞めてほしい存在であろう。本当は、最も辞めてほしい存在こそが、最古のはずである。でたらめな現場担当Kは、既に四つの現場で揉めて、飛ばされてきた、最古にとっての最後の砦のような今の現場は、偶然にも、大人しい人間ばかりであった。辞めない最古を置いておくにはちょうどよく、Kもこれ以上の面倒を起こさないでくれてホッとしているというのが本音である。過去の現場での最古は同僚と常に揉めた。当然、理不尽でおかしいのは最古の方であり、毎回飛ばされる。今の直前現場は、必ず辞めるように仕向けられた自宅から片道二時間かかる病院であった。最古は「細菌に感染した」と一カ月休み、姦計に引っかかったKは次に、厄介者を今の現場へと落とし込んだのである。
 マーシーは、もともと大手証券マンであり、バブルの戦後処理を終えて退社し、リーマンショックを利用して現在のマンションを手に入れた。既に書いたように、今でも株の研究を継続的にやっていて、コロナショックで、この一年が最大のチャンスだと、辞める腹積もりだ。フェラーリこそが、「今辞めないでいつ辞める」の自問自答を朝から晩まで毎日毎日繰り返し続けてきた男だ。
 さて、樵である。ビル管に落ちて今年再挑戦で、絶対に受かってこの現場を出ようとしていた矢先の「一人減」である。責任者を降りるとマーシーに言われたKから「樵さん、責任者頼む」と言われて、しかし断った。
 最後の工ちゃんは、何があってもここにいたい。前の最悪の会社よりは「まし」。全く資格を持っていないゆえ、出るに出られない。まずは、この現場にいる間に少しずつ資格取得を積み重ね、また経験年数を増やせば、大手の系列に転職することが可能だからである。
 結婚しているのは、私と工ちゃんのみだ。マーシーとフェラーリはバツイチで、マーシーの方は、元妻と復縁しそうな状況である。樵は我が道を行き、最古透は、或る意味、人間ではない。
 そして事は何も動かない。私は引き伸ばされた二度目の団体交渉を三月二四日に行う。
 まだ四月のシフトはもちろん、誰が減らされるかすら決まっていない。
 新型コロナによって、就職状況は一変している。
 無資格者最古透の日勤だけが決定していると、その団交の席で初めて聞かされた。

 この交渉相手のK常務は、書面でやり取りしないと危ないことは、これまでも書いたとおりだ。
 安倍首相は、「AI総理大臣」に見えるが、このK常務も、AIそのもので、文章でのやり取りをとにかく拒否し、また返答もしない。不誠実が服を着て歩いているようなもので、キン肉マンが、額に「肉」と書いてあるように、この男の額には、「ウソ」と書かれている。
 ならば、さっさと辞めればいいという話になる。
 だが、私は少なくとも関わって、闘って、何事かを「変えて」出ていこうと思っている。K常務同様に、周りの身近な人間たちの呑気で、無粋で、鈍感で、雑な姿を観ると、無力感ばかりが募る。
 「最低の輩にトップを任せている最低民度の国」或いは「犯罪者政党」「嘘八百政権」「いい加減国家」「無責任政権」「モラル破壊者」「権力の犬」「腐った鰯」「恥の上塗り」「小学生以下」などという言葉が世間では跋扈している。
 その意見に半ば賛成だが、だからといって、そう言っている主張者自体に対し、私は共感をおぼえない。こういった御座なりの言葉は、いきなり日本のトップに話をすり替えているだけであり、つまりは「我が事」と思っていないことを自ら暴露しているようなものだ。
 これらの言葉は、日ごろ、ほとんど安倍総理と変わらない、もしくは安倍総理以下の、自分の会社の社長や上司に、そっくり当てはまりはしないか。そこで、彼らに対して、抗議も行動も何もしていない人間が、いきなり国のトップに対して大きなことを言ってみても、説得力がない。いい加減な社長や無責任な上司に、トップや責任を任せている自分を棚上げしてはいけない。
 「首相叩き」「政権批判」は、映画を鑑賞後の感想に等しい。会社批判や上司叩きも同じである。
 何もせずに会社を辞めるということは、直接には行動を起こさずに、「あんな奴らは相手にしてもしょうがない」「闘うだけの時間がもったいない」などという捨て台詞を残して、結果としては泣き寝入りでしかない、或いは悪の温存、不正、不法行為の野放しでしかない「見過ごし」「見逃し」をやるわけである。
 結果はどうあれ、不誠実な対応をする人間に対して私は、やれるだけのことを必ずやりたいと思っている。
 団交が終わった夜、流動的ながら、オリンピックの一年延期が緊急発表された。
 まだ何も解決していない。私がリストラの標的になったことだけは確実であるが。
(建築物管理)







リンクサイト
サイト限定連載

図書新聞出版
  最新刊
『新宿センチメンタル・ジャーニー』
『山・自然探究――紀行・エッセイ・評論集』
『【新版】クリストとジャンヌ=クロード ライフ=ワークス=プロジェクト』
書店別 週間ベストセラーズ
■東京■東京堂書店様調べ
1位 クララとお日さま
(カズオ・イシグロ)
2位 書肆山田の本:1970-2021
(岡井隆他執筆)
3位 緑の牢獄
(黄インイク)
■新潟■萬松堂様調べ
1位 柳都新潟 古町芸妓
あおいの歩く道
(小林信也)
2位 ひとりをたのしむ
(伊集院静)
3位 歴史探偵
忘れ残りの記
(半藤一利)

取扱い書店企業概要プライバシーポリシー利用規約