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評者◆粥川準二
「夜の街」を感染源として名指しすることは正当か?――差別は感染拡大を助長しかねない
No.3460 ・ 2020年08月15日




■新型コロナウイルス(COVID‐19)の感染再拡大にともなって、新宿歌舞伎町など「夜の街」を感染源として警戒するだけでなく、非難までする言説がSNSやマスメディアで飛び交っている。
 そんななか、七月二九日、FNNプライムオンラインは、東京都が発表してきた検査陽性者(「感染者」と呼ばれることが多いが不正確である)が感染したと推定される場所の内訳を合計して、グラフ化した(「“夜の街”を上回り…東京で「家庭内感染」が最多に 軽症者ホテルの確保は」)。それによると、七月二二日から二八日までの東京都の陽性者は一七九五人で、「家庭内」での感染が最も多くて二一二人、感染源として非難されがちな「夜の街」は二〇〇人だった。次いで「会食」が一〇一人、「職場」が九四人、「施設内」が四五人、そのほかが一一六人。残りの一〇二七人はおそらく、「感染経路不明」なのだろう。
 全体の約六割が感染経路不明で、「夜の街」すなわちホストクラブやキャバクラなど「接待を伴う飲食店」での感染は約一割にすぎない。
 これまでの報道は、その日の陽性者が○○○人で、そのうち「夜の街」での感染が●割だと報じても、残りの内訳を明らかにすることはほとんどなかった。その「●割」にしてもせいぜい二~三割で、五割を超えたことはほとんどない(なお東京都の資料では、感染したと推定される場所は書かれていないので、これらの数字は報道各社の「独自取材」によるものなのだろう)。そのほかの内訳まで、しかも一週間分合計して、しっかりと伝えたニュースは珍しい。
 この数字を考慮すると、接待を伴う飲食店の多い場所を「夜の街」と呼び、感染源として名指しすることは正当なのだろうか? 「夜の街」での感染が比較的多かった時期があるとしても、それはほんの短期間だったのではなかろうか?(緊急事態宣言が五月二五日に解除され、そうした店が営業を再開して二週間ぐらい経ったころ?)それを証拠に、たとえば日テレNEWS24は七月二九日、その日の東京都の「感染者」は二五〇人だと報じたが、家庭内での感染は二八人、それに対して「夜の街」は一四人にすぎないことも伝えた(「東京都で250人 家庭内感染が“最多”」)。「夜の街」での感染は減っているか、最初からそんなに多くなかった可能性さえある。
 マスメディアは、感染者や医療従事者への中傷など「コロナ差別」を批判的に何度も取り上げている。その一方で、特定業種への差別意識を剥き出しにして、感染者叩きにしか見えない報道をすることもある。「名古屋市内で感染確認 30代以下が8割 感染女性が口にした後悔「安易な考えをしていました」 新型コロナウイルス」(CHUKYO TV NEWS、七月二四日)は、たった一つの感染例を紹介することによって、「夜の街」に出入りする人たちへの悪印象を導く最悪の一例だ。
 それに対してノンフィクションライターの石戸諭は、新宿区長や同区保健所長、感染症の専門家、そしてホストクラブの関係者などへの取材を通じて、コロナ禍における「夜の街」の実態に迫った(「名指しされた人々の声を聞け」、ニューズウィーク日本版、八月四日号)。
 小池百合子・東京都知事は連日、「夜の街」を連呼し、敵視しているように見える。一方、新宿区長や同区保健所は歌舞伎町のホストクラブ経営者らと協力して、感染拡大を防ぐことに努力している。この記事ではその姿が克明に描かれる。「この社会に生きる多くの人にとって「夜の街」は遠い存在であり、だからこそ安心して石を投げ付けられる」のだが、区長たちは「そうした風潮に迎合しない」。そしてホストの間での感染は、店だけでなく寮で広がった可能性も指摘される。記事によれば、それなりの家に住んでいるホストは一部で、多くの若いホストは共同生活をしているという。「ホスト「だから」感染が広がるのではなく、彼らの生活スタイルの中にリスクがある」、「ホストという仕事は、社会からはじかれた人々の受け皿という側面もある」と石戸は書く。
 この記事では、「夜の街」を名指しした者たちとして、小池ではなく厚生労働省クラスター対策班の押谷仁や西浦博が名指しされているのだが、石戸は彼らを糾弾しない。反省すべきことはあるとしつつも、彼らもまた、社会の分断を避けるようにして、対策に取り組んでいることをフェアに紹介する。「敵を見つけ、名指しし、排除も差別も肯定する社会を目指すのか。専門知と現場で積み上がった知を組み合わせて、共通の目標としてリスクの低減に向けて動き出すのか」。石戸は、取材に応じた人々は後者を選んだ、と書く。
 石戸も物書きとして後者を選んでいるのだろう。筆者も見習うつもりである。
 この記事では、保健所による調査に対して、接触者を教えないなど非協力的な態度をとるホストたちがいることも紹介されている。ところで「夜の街」を感染源として名指しすることを含め、「コロナ差別」は、差別された者を苦しめるだけではない。差別された者は、検査や治療から遠ざかり、接触者追跡にも非協力的になる。つまり差別は感染拡大を助長しかねない。そのことは、HIV/AIDSなどの感染症と“スティグマ(負のレッテル)”との関係を調査した一連の研究で明らかになっている。手前味噌だが、筆者はそのことをある記事で解説しておいた(「“スティグマ”が助長する感染拡大――コロナ差別が許されない理由」、論座、七月二八日)。
 もうそろそろ、ウイルスよりも人間を恐れるべき時期になっているかもしれない。
(県立広島大学准教授/社会学・生命倫理)







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