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評者◆睡蓮みどり
人の心は変えられる――ガイ・ナティーヴ監督『SKIN/スキン』
No.3452 ・ 2020年06月20日




■5月25日、アメリカのミネソタ州ミネアポリスで白人警官が黒人男性の首を押さえつけ死亡させてしまう何とも痛ましい事件が起こった。白人警官による黒人への暴行は今に始まったことじゃない。この事件からBLACK LIVES MATTER(黒人の命も大切だ)をスローガンにしたデモが世界各国で拡まった。多くの動画や情報がSNSでも拡散され、目にした人も多いだろう。その中で一つの動画が話題になった。三人の黒人男性のやりとりだ。暴動を受け、45歳の男性は何も変わらない現状に怒る。31歳の男性は16歳の少年に10年後も、また同じことが起こると訴えかける。心からの叫びが耳に張り付く。トランプ大統領はこれまでも人種差別的な発言を繰り返してきた。コロナウイルスの感染者数が最も多いアメリカで、それでもデモに多くの人が集まったのは、恐れよりも怒りが強かったからに違いない。ついにミネアポリスでは警察組織が解体され、トランプは軍の撤退を渋々表明した。
 日本には人種差別がないとなぜか思っている人がいるらしい。本当にそうだろうか? 自覚のないレイシスト――人種差別主義者は思わぬところにいる。外国からやってきた友達がある日ぼそりと言った、「日本人にはレイシストが多い」と。最初はピンとこなかった。ネットでは確かに中国と韓国へ過剰な反応・差別をする人々が目立つ。彼らの言葉は汚く、何かあればすぐに「国に帰れ」などと言う。アメリカでの暴動を受け、大阪でも抗議のデモが起きた。「何で日本でやってんの?」と批判的な声も。「ましてやコロナの時代に、自分に直接関係ないことを何でわざわざやるの?」――コロナ時代だからこそ世界でより一層広まった動きだとは考えないのだろうか。トランプ的なアメリカファーストの姿勢ではコロナに太刀打ちできないことを世界は知った。軍事力でも、どんなにお金を積んでも解決できない。自国の利益だけを優先していたら世界は崩壊する。
 ところでレイシストはいつ、何時、レイシストになるのだろうか? まさか生まれもってのレイシストなんていないだろう。自ら差別主義者だと名乗る人もいない。ナショナリスト、とでも自認しているのだろうか。自認なんてものは当然いつだって危うい。自分自身のことをリベラ
ルだという知り合い(日本人)がいて、確かに基本的にはそうだと感じていたのだが、私がヨーロッパ出身の知人の話をしたら急に怒り出したことがあった。「白人に媚びている日本の女が嫌いだ」と彼は言った。目が点。何も媚びていない。ただ友人の話をしただけだ。おまけに女性蔑視でもある。「あなたはヨーロッパ人に何かコンプレックスでもあるのか」と私が聞いたら余計に怒った。リベラルはどこへ? 激しい怒りが湧いて、そのあとは何だかどっと疲れて話す気もなくなった。彼は自分自身をレイシストだなんて微塵も思っていない。その自覚のなさにこそ根深いものを感じてしまう。
 果たして、そのような人間の奥底にこびりついた意識は変わることがあるのだろうか。「人の心は変えられる」とジュリー(ダニエル・マクドナルド)はきっぱりと言い切る。彼女は三人の子供を抱えるシングルマザーだ。人の心なんてそうそう変わるわけがない、と諦めモードな私にとって、彼女のまっすぐな一言は深く突き刺さってきた。
 『SKIN』(ガイ・ナティーヴ監督)は全身にタトゥーを施した一人のレイシストの物語である。2003年にアメリカで生じたヴィンランダーズというレイシスト集団の共同創設者ブライオン・ワイドナー。彼は実在する男だ。一度見たら忘れられないほど、顔にも全身にもタトゥーを入れている。その容姿にはとても気安く話しかけられるような雰囲気はない。ブライオン(ジェイミー・ベル)はレイシスト集団の中で暮らしている。ある日、ブライオンはヘイト集会でジュリーと出会う。貧しいジュリーは子どもたちに歌を歌わせ何とか日銭を稼ごうとしていた。彼女たちを茶化したレイシストの自分の仲間にブライオンは怒る。この出会いがブライオンの人生を大きく変える。
 アル中の両親と決別し、路上生活をしているところを拾われ、今の〈家族〉たちと暮らすようになったことをブライオンは明かす。彼の中に芽生えた人種差別の意識は、この暮らしによって染み付いたものだ。親代わりの〈父〉の言うことは絶対で、口答えすれば殴られる。しかし彼らがいなければ生きる術もない。言うことを聞いていれば褒められることもある。疑似家族の連帯――仲間の裏切りを徹底して許さず、敵とみなした人間たちを痛めつけ、時には殺し、共犯関系を結ぶ。暴力と恐怖による、紛れもない洗脳だ。身体に増えていくタトゥーは、仲間であることと逃げられないことの証明でもある。その構造はまるでカルト宗教である。
 レイシストたちのハロウィンパーティーに子供たちと参加したジュリーは、会場で罵倒される。帰りの車で彼女はブライオンにこう告げる。「こりごり。もう来ない。教育に悪いから」。愛犬のボスやジュリーの子供たちを可愛がる彼の姿には偽りがないようにも見えた。ブライオンは、巻き込まないからと約束し、去っていこうとする彼女を引きとめようとする。その矢先、仲間からの真夜中の呼び出しに出かけようとするブライオンの姿を見て、再びジュリーは去っていく。彼女にとって何よりも大切なのは自分の娘たちだからだ。だから彼女は躊躇することなく身支度をしてただ去っていくのだ。「すぐには変われない」と言うブライオンの事情が理解できないわけではないだろうが、言い訳にしか聞こえない。自分にとって大切なものがはっきりしているジュリーは強いのだ。
 ジュリーとの出会いがブライオンを変えたのはなぜなのか。彼はついに集団を脱退し、新しい人生を生きる決意をする。「親子だったら貸し借りなんて気にしない。私は自分の娘たちにいい人生を歩ませたいだけ」。そう語ったジュリーの母親としてのごく自然な感情が、ブライオンには新鮮だったのだろうか。一貫して、彼が必要としているのは自分の居場所のように映る。レイシストでいることはただ自分の身を守るため。もちろん、そんな自分勝手な理由で他人を傷つけていいはずはないが。
 彼女が前の男に刻まれ後悔しているというタトゥーを新しく書き換えたのはブライオンだ。上に新しいものを書けばいい。さも過去など簡単に消せる、というように。一方、脱退を決意したブライオンは援助を得てタトゥー除去の手術を受けることになる。死ぬほどの痛みが伴い、全身のタトゥーを除去するのには16ヶ月かかる。手術を受けても完全に元の肌に戻ることはない。傷は傷として残される。除去は彼の過去を消し去ってくれるわけではない。
 レイシストから転向したブライオンは、今は現実の世界でも反ヘイトの団体で活動する。彼はジュリーとの間に子供を授かる。他人を排除するのではなく、自分たちの手で何かを生み出す喜び、そして彼に最も足りなかった他人を思いやる気持ち、想像力。「人は変わる」。その言葉は、今この世界に必要な言葉として投げかけられる。(女優・文筆家)







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