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評者◆たかとう匡子
新しい息吹を持ちこむ(中島悦子「シアン」『木立ち』)――〈いなか〉観を考える(若松丈太郎「島尾敏雄における〈いなか〉」『福島自由人』)、在日朝鮮人作家と日本語表現(朴燦鎬「『咲』の音読み、できますか?」『架橋』)
No.2908 ・ 2009年03月07日




 「福島自由人」第23号(北斗の会)若松丈太郎「島尾敏雄における〈いなか〉――その意識の変遷」を面白く読んだ。一般的には田舎といえば故郷と思われがちだが、それは日本の近代では地方から都会へという流れがあったからで、そうとはかぎらない。田舎と故郷とはちがう。島尾敏雄がミホの療養をかねて帰った奄美はミホにとっては故郷だが、島尾にとってはどんなに故郷として意識しようとしても田舎だ。島尾の生地でもある福島県相馬郡小高町での、幼年期の記憶のなかの蛙や蝉の鳴き声、谷川のせせらぎの音も鄙びた風景への憧憬だと思うが、そこを若松は「永劫回帰の装置」であるとして、島尾敏雄の作品を通してたどる。そういう意味では〈いなか〉観を考えるきっかけにもなっているし、その着目点が面白いと思った。同時にその着目した〈いなか〉に若松の読書体験をだぶらせたりして、小説の楽しい読み方を暗示してくれる。こういう読み方もあっていいのではないか。
 「架橋」第28号(在日朝鮮人作家を読む会)はたいへん興味深かった。在日朝鮮人作家というのは文化のルーツが日本人でない人が試みている日本語表現だから、別の視点から異化して、見て、書くという点ではむしろ日本語のがわから見る方が面白いのではないか。朴燦鎬「『咲』の音読み、できますか?」は日本の「月見草」は朝鮮語を訳せば「月迎え草」になるとか、「咲」という字は朝鮮の文のなかでは見たことがないと告げる。そして翻訳不可能の例だとして、「花咲」は「花笑」で「花開く」の意になると言う。もちろん翻訳をとおしてしかできない問題は多くある。金時鐘の日本語訳『朝鮮詩集』なども入れて、現在の私たちにとって非常に大事なテーマでもある。それにしてもすぐ目と鼻の先にあるお隣の国なのにこれだけ差があるのはどういうことか。お互いの存在の難しさについてもいろいろ勉強させてもらった気がする。
 「新現実」第8次25号、石毛春人「悲しさもかへりみすれば………」もたいへん面白かった。小説と銘打っているけど、実際あったことの回想録、小説という形をとったドキュメントだ。真継伸彦とか実名で出てきて、私も面識があるだけに親しみぶかく一気に読んでしまった。今から四十年前といえば私の中にも文学が面白くて、人間味あふれたものがあり、それとかさなるが、そういった温かい人間交流がいきいきと描かれていて楽しい文章だ。一貫して過去形で書かれているが、こういう環境を現在によみがえらせてほしいものである。現在は味気ないと思った。
 「猿」第63号(猿同人会)徳江和巳「ナカノのイズミ カネモチのオカ」はオレオレ詐欺という現在の三面記事をヒントにしながら、陸軍中野学校が出てきたり、敗戦直後にこの学校が解散したときに重機関銃や小銃、手榴弾を埋めた場所を探したとか、それがふと当時の恋人探しに変わったり、さらにその恋人が高齢で痴呆症だったりする。ごじゃごじゃしてちょっと説明しにくいストーリーだけど、楽しく、読後感は意外にすっきりしている。一面では古くて、一面では新鮮であると思ったので、そこのところを書きとめておきたい。
 「北奥気圏」第4号(書肆北奥舎)は青森県弘前の雑誌。福井次郎「ルート279の恐怖」はドライバー泣かせの道路として有名な下北半島の国道279号線を、激しい地吹雪の、白魔舞う真冬の深夜、後輪駆動を飛ばして、事故となり、遭難しそうになった死の恐怖を描く。日本の最北端の、雪深いところでなければとうてい体験できないものが骨格になっていて、今が冬だから言うわけではないが、異界のような、それだけでリアリティがある。吹雪で前方がまったく見えないなかでの運転や意識も朦朧となりながらの生還など。興味深いのは、その国道279号線の道路沿いには実は核燃料再処理施設が並んでいるということで、現在が奇妙に浮かびあがり、今日的リアリティを感じる作品になっている。
 「木立ち」第101号(木立ちの会)中島悦子「シアン」は昨年の詩集『マッチ売りの偽書』以後のもの。展開の大きい、言語量の多い作品となっている。シアンという登場人物がいて、母親が出てきたり、写真集や原野にある古い一軒家が出てきたり、和裁をして、やっとできたその着物を着たり、ある意味では自分のルーツを探るような作品になっている。「木立ち」はどちらかといえば抒情詩が中心だけど、木立ち的パターンを突き破っている感じがする。そういう意味では新しい息吹きを持ちこんでおり、同人誌はこうでなければなるまい。
 「どぅるかまら」第5号は瀬崎祐、川井豊子、秋山基夫、北岡武司、斎藤恵子、となかなかしっかりした書き手が揃っている、中国地方では出色の詩誌。岡隆夫「アマランサス」はいかにも岡山らしく菜園をやっていて、日常生活を洒落た、かわいた筆づかいで、作物に囲まれた自然と共鳴しあった世界を描いている。一見楽しそうで、悠々自適な生活が感じられて、他の同人たちのなかにあってまぎれもなくひとつの位置を占めている。
(詩人)







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