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評者◆睡蓮みどり
原一男監督をめぐって詰め込まれた異常なほどの愛情と熱意――映画監督を生業とする人々は、素質として他者から愛されることが仕事なのではないか
『ニッポン国VS泉南石綿村』製作ノート――「普通の人」を撮って、おもしろい映画ができるんか?
原一男+疾走プロダクション編
タブーこそを撃て!――原一男と疾走する映画たち
No.3362 ・ 2018年08月04日




■今年の3月に上映が始まった原一男監督の最新作『ニッポン国VS泉南石綿村』(現在全国公開中)を最初に観てすぐに、監督にインタビューをするべきだと本紙の編集長に言った。215分に集約された8年半に及ぶアスベスト訴訟原告団たちの変容する感情、記憶、言葉、そしてその合間に溢れ出る監督自身の怒りに触れ、すっかり、やられてしまったわけである。インタビューをするべきだと興奮気味に言いつつも、自分自身がその役割を担うとは微塵も思っていなかった。私の周囲に原一男を「神様」と見做す人たちが複数いる。彼らが原一男について語るときの恍惚とした表情や熱意、あるいは過剰さを何度も目の当たりにしていたこともあり、とてもじゃないがそんな大仕事を担えるとは思わなかった。つまり、逃げ腰だった。
 だいたい、ドキュメンタリー映画を作家性と切り離すことなど不可能である。作品は素晴らしいが嫌な監督、あるいはその逆に、作品はつまらないが素晴らしい人格者、という逆説がいわゆる劇映画の監督と比べて、成り立ちにくいように思う。ということは、作品が良ければ、作家は当然、魅力的だということになる。「カメラと限りなく同化したい」と原監督自身も言っているが、映像を通して伝わってくる音も被写体の表情も、全てが監督自身の眼差しのほんの少しだけ先にある。
 公開されてすぐに『『ニッポン国VS泉南石綿村』製作ノート』(現代書館)を読んだ。作品のなかでも勝訴というかたちで終結はするものの、出演している原告のその後の疑問や、必ずしも納得していない微妙な感情の揺らぎが、原監督自身のインタビューによって浮き上がってくるのは、時間の経過と、やはり作品を自分自身で客観視した後だから出てきたリアルな言葉だろう。彼らにとっては当然、勝訴が終わりではない。闘いの記録がありありと残され公開された以上、霞んで過ぎ去っていくことはないわけだ。そしてそれを読みながら、自分自身も後戻りができなくなっていることに気づく。中途半端に、生半可に知ってはならないような焦りが出てくるのだ。原一男という作家そのものに対して。実際にインタビューしたときに、ああ、これはまずいなと思った。そこらには転がっていない、絶妙な優しさがあったのだ。
 この映画が公開されてから、原監督の過去の作品を改めて観直したという人は多いのではないだろうか。「失踪プロダクション」で作り上げてきた本物のインディペンデント映画たち。『ニッポン国~』で、これまでは撮らないと決めていた「生活者」を撮るという新たな試みをしたことにより、監督自身の戸惑いや不安があったという。確かにこの作品はこれまでの作品とは毛色も手法も違う。しかしそんなものはなんのその。整合性のなさどころか、ブレなさすぎなくらいだ、ということに『タブーこそを撃て!――原一男と失踪する映画たち』(キネマ旬報社)を読んで気づかされる。
 原一男の全仕事を振り返る、をテーマに、過去の対談や鼎談、また本人によるドキュメンタリー評から、新作公開を踏まえてのインタビュー、映画評、対談等々、実にバラエティに富んだ企画のなかで、見事に原一男という作家を丸裸にしてしまう極めて偏愛的な書籍である。王兵、庵野秀明、塚本晋也、辺見庸、柳美里、大塚英志、四方田犬彦、and more……(敬称略)。映画監督を生業とする人々は、素質として他者から愛されることが仕事なのではないかとつくづく思う。
 特に感激したのは作家の辺見庸氏へのインタビュー(聞き手・平嶋洋一氏)である。95年の14時間にも及ぶ長時間対談以降、会っていないという。原監督不在のまま、辺見庸氏は原一男について語り始める。「基本的に原さんの作品が好き」ということを踏まえつつ、新作から過去作品にまで網羅して改めて語られる、あまりに的確な原一男像! そのほんの一部に過ぎないが、「じゃあ、原さんのカメラはどこを見てるかと言うと、ステレオタイプの運動の中にあるインチキ臭さ、裏切り、卑屈、そういうものをじーっと見てるんだと思う。(中略)ただ、それに対して原さんが自覚的なのかどうか、僕には分からない。社会正義だとか民主主義だとか、そういうものとは適当に付き合うけど、自分が撮りたいのはそんなことじゃない。そういう底意が原一男にはあると思いたい」「人間存在そのものについて彼は惹かれていったんだと思いたいし、今でもそれはあると思う」「原さんって妙に陽性なんだよな。落語家みたいにさ」「自らの意味の整合性を裏切っていく。そこが原映画の真骨頂ですよ」……とこの後に続く、現代への分析と、原一男分析が織りなすこれからの原一男への期待。また、塚本晋也監督との対談の中で「国家に背くということは何か。それを突き詰めたような「映画」を、私は作りたいんだと思います」という原監督の言葉も印象的だった。
 この書物に詰め込まれた異常なほどの愛情と熱意。監督はこれを作られちゃった以上、次回作に向けて(もちろんいい意味で)追い込まれているんだろうな、なんてにんまりしつつ、原一男作品をこの書物とともに反復することになるだろう喜びに胸が踊る。
(女優・文筆業)







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