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評者◆宗近真一郎
「アメリカ問題」はすでに削除され、つねに復元される――さよならアメリカのためのエスキス④
No.3354 ・ 2018年06月09日




■このリーマン・ショックという出来事に関して、当時の連邦準備銀行総裁のグリーンスパンも当時の財務長官のポールソンもその後任のサマーズも誰一人責任をとっていない。原債権に対して証券化の設計がundivided interestという考え方でそれを不特定化したように、責任関係も匿名化され無限に分散されてしまったのだ。つまり、誰も責任をとらないままアメリカの資産は大幅に悪化し、それを、トランプがなりふり構わず「アメリカ・ファースト」と唱えて、フローのところから対処的にリカバーしようとするのである。リーマン・ショックは、アメリカの経済の土台に亀裂を入れただけではなく、とくに金融関係を中心に「当事者責任」を解消する構造の端緒となった。では、責任はどこにいったか。それは、「自己責任」という衣裳をまとって、個々の末端の可能的な投資家である個人へと転嫁された。アメリカの株価指数(ダウ・インデックス)自体は、リーマン・ショック以前の水準を超えて恢復している。それは、公表ベースのジニ係数から見ても、社会騒乱の警戒ラインを越えて格差が拡大しているアメリカの余剰キャッシュが資本市場に流入している現象に過ぎない。

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 さて、戦後日本とアメリカとの関係について考えてみる。あの敗戦は日本にとって根源的なものだった。枢軸国のひとつである日本が負けた相手は連合国というのが一義的な史実であるが、現実的にアメリカに負けたわけである。広島と長崎への原爆で、太平洋戦争でのアメリカの全戦死者よりも多い三十万人の死者(大半が非戦闘員)が出た。第二次大戦でのアメリカの戦死者数は日本の十分の一である。アメリカは基本的に「戦争がない国」なのだ。日常の地平には戦争が現れない。いかにアメリカ人が殺されないかを念頭に戦争に関与してきた。理念とヘゲモニーで戦争を片付けよう、済ませようとしてきた。だから、日本は戦後の折衝の様々な局面で、アメリカに対して、対極的な現場の過酷さを突き付ける情念的かつ構成的な言葉を持つ余地があった。自らの国土で核戦争が起こったことは歴然としている。大友克洋の「AKIRA」や宮崎駿の「風の谷のナウシカ」といった第一級のアニメーション作品が生まれたのは、明らかに核戦争の体験がメタ化される痛覚の堆積がベースにある。この国の政治言説はアメリカに服従し、その痛覚の堆積を抹消しようとしているのだ。アメリカ的な忘却のプロセスに準じようとしているのである。政治力学における圧倒的な劣勢に馴致されてきた。例えば、前泊博盛編著の『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』(創元社、二〇一三年三月刊)では、鳩山首相が普天間を県外に動かそうとしただけで更迭に追い込まれた経緯が述べられている。
 負けたことによって、すべての罪責が発生したのである。ドイツには、一八〇七年末のナポレオン占領下のベルリンで、フィヒテが「ドイツ国民に告ぐ」という連続公演で道徳律を説いたような啓蒙主義の伝統があり、第二次大戦後直後の一九四五年末には、ヤスパースがハイデルベルグ大学で、「戦争の罪を問う」を題された講演で、刑法上の罪(主にナチスが負うべきもの)、政治上の罪(ドイツ国民が負うべきもの)、道徳上の罪、形而上的な罪(ドイツ国民が神に対して負うべきもの)という概念を述べ、罪の清めを含む自己回帰的な言説を開陳した。
 一方、日本では、そのような回帰的な言説は現れなかった。例えば、民俗学の泰斗柳田國男は終戦時に七十歳だったが、日本のこれからについて俯瞰的かつプラクティカルに述べることはあっても、知る限り、戦争の全体を内省するという発言は見当たらない。つまり、再帰的な加害者としての意識、責任意識や罪障意識というものが抽象されることはなかった。その代わりに、日本に対してその罪責を指弾する主体は専らアメリカだった。アメリカは、絶対的な「外部」として、倫理的にも国際法的にも圧倒的な優位にたって日本の土地に君臨した。戦後という枠組み、あるいは第二の開国という歴史的近代の刻印を超えるかたちで、アメリカと日本との非対称性は、敗戦という出来事を「永続敗戦」(白井聡の的確な表現)という無限的な傷痕にすり替えてしまった。ちなみに、駐留米軍の規模について言えば、ドイツには五万三千人、日本には三万七千人、韓国に二万九千人いるわけだが、ドイツではレイプなどの重い不祥事は一切起きていない。なぜ、日本でだけ、アメリカは軍規律の崩壊を露にし、平然としているのか。なぜ、政府は毅然と交渉しないのか。なぜ、出来ないのか。これは、アメリカとの関係の非対称性に、この国の内在的な曖昧さや無責任性がシンクロしている現象だと言わねばならない。誰も対立に因む政治リスクを採って交渉しない。ドイツはかなり早くからアンフェアなところは解消している。イラクでさえそうである。これは、対米コンプレックスの問題であるとともに、日本には、ひとりのヤスパースも現れない回帰性の問題でもある。つまり、アメリカは、日本という無責任空間と共犯的なかたちで、依然として、リヴァイアサンとして君臨するのだ。
(評論家、詩人)
――つづく







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