書評/新聞記事 検索  図書新聞は、毎週土曜日書店発売、定期購読も承ります
評者◆鼎談 斉藤正美×能川元一×早川タダノリ
「日本会議」本を斬る!――「日本会議」は氷山の一角。右派系大衆運動は私たちの生活に迫っている
No.3324 ・ 2017年10月28日




■国政に大きな影響を与えているといわれる保守系運動体「日本会議」。昨年から今年にかけて「日本会議」に関する本が多数刊行され、一般にも「日本会議」の存在は浸透したと言えるだろう。そんな「日本会議」本ブームが一息ついたところで、保守系団体の活動を批判的にウオッチしてきた斉藤正美、能川元一、早川タダノリの三氏が、各本の功績と問題点を総括。「日本会議」研究の〝これまで〟と〝これから〟を明らかにする。


■「日本会議」本ブームから一年

早川 二〇一六年から一七年にかけて、「日本会議」に関する本が、ムックも含めると一〇冊ほど刊行されました。
言うまでもなく日本会議とは、神社本庁など反共右派宗教団体が結成した「日本を守る会」と、右派文化人や郷友会などを組織した「日本を守る国民会議」が、一九九七年に統合してできた保守系運動体です。第二次安倍内閣の閣僚の多くがこの日本会議国会議員懇談会に所属していたことや、改憲に向けて「美しい日本の憲法をつくる国民の会」などを立ち上げ大々的に大衆運動を展開したことが話題になりました。
 二〇一六年九月五日に、朝日新聞が夕刊一面で「日本会議」本ブームを取り上げ、菅野完『日本会議の研究』が約一五万部、上杉聰『日本会議とは何か――「憲法改正」に突き進むカルト集団』二万二五〇〇部、成澤宗男編『日本会議と神社本庁』約一万部と報じていました。
能川 全部合わせれば三三万部は超えているでしょう。
早川 これは、売れない人文書を作っている私からすると驚愕の数字です。それだけ日本会議――安倍政権の背後にあるらしい不気味な組織はいったい何なのかということが話題になったのでしょう。いま、安倍政権の支持率が下落する一方、日本会議国会議員懇談会の副幹事長だったこともある小池百合子の「希望の党」が自民党とともに憲法改悪への動きを現実的に強めている中で、この「日本会議」本ブームについて改めて振り返る必要があるのではないでしょうか。
 そもそも右派系運動体に関する書籍は、七〇年代にはたくさん出ていました。例えば、日韓癒着やロッキード事件を契機にして、政治権力に侵入する右翼・旧軍人などの人脈を暴露した、政治評論家の山川暁夫、ジャーナリストの茶本繁正らの仕事がそうです。また八〇年代には管理教育との関連で、林雅行『天皇を愛する子どもたち』(青木書店)、『「国民学校の朝」がくる』(柘植書房新社)などの優れたドキュメントもありました。
 九〇年代以降になると、歴史教科書問題がクロースアップされたこともあり、俵義文や上杉聰たちが、「新しい歴史教科書をつくる会」内部の右派人脈についての詳細なルポを継続的に出していました。しかし、残念ながら歴史教科書プロパーの問題と読者に受けとめられたのか、日本の右派運動総体の実体構造を解き明かすという問題意識までには社会的に広がらなかったのではないでしょうか。
 そして二〇〇〇年代に入ると、保守派からの「男女共同参画」「ジェンダーフリー」「性教育」バックラッシュが起こり、それに対する、フェミニズム的観点からの反撃が起き、『ジェンダーフリー・性教育バッシング』(大月書店)、『「ジェンダー」の危機を超える!』(青弓社)、そしていちばん有名な『バックラッシュ!』(双風舎)などが立て続けに出版されました。
 他方、二〇〇三年には小熊英二・上野陽子『〈癒し〉のナショナリズム』(慶應義塾大学出版会)という、「新しい歴史教科書をつくる会」などの右派運動に惹かれる人たちを追った本も出ています。また二〇一二年には山口智美・斉藤正美・荻上チキ『社会運動の戸惑い』(勁草書房)が出ました。これはフェミニズムの観点から、日本会議を構成している部分だけでなく、統一教会(現‥世界平和統一家庭連合)系の草の根保守運動の一端を明らかにした本です。
斉藤 私たちの『社会運動の戸惑い』は、二〇〇〇年代の日本会議や統一教会からの男女共同参画や性教育バッシングをしていたのは誰なのか、なぜ批判したのかを実際に保守サイドに話を聞きに行って検証したものでした。事後的な検証という限界もありましたが、保守側がそれぞれの地域や現場で実際にどういった動きをしていたかを明らかにしました。必ずしも、言われているような「中央の司令塔」があって、そこから指示を出す事例だけでなく、メディア、議員、活動家などさまざまな保守ネットワークを活用しつつ地域で運動を繰り広げたり、ほかの地域と連携して運動を拡大したりするなど、さまざまな運動のやり方があることを指摘したものでした。ただ、日本会議の本体については調査が及びませんでした。
能川 二〇〇八年には俵義文『「つくる会」分裂と歴史偽造の深層』(花伝社)という本も出ましたが、一部でしか読まれなかった。だからいまだに「つくる会」が分裂して右派系の教科書が育鵬社と自由社から出ていることを知らない人は多いです。
早川 今回の「日本会議」本ブームは、私から見ると意義は大きかったと思っています。改憲運動を中心に安倍政権に深く食い込んでいる右派集団についての関心を、多くの人々に喚起したからです。「日本会議」本の読者だけでなく、「日本会議」という名前を聞いたことがあるという人も含めるとかなりの数になるでしょう。だから、二〇一七年二月以降問題になった森友・加計事件に際しても、「これも日本会議なんじゃね?」という目で見ることができるようになったのだと思います。
能川 特に教育勅語の問題がそうでしたね。
早川 「日本会議」本のほとんどで、谷口雅春(「生長の家」創始者)時代の旧生長の家系活動家たちが日本会議のコアメンバーとなっていることが指摘されていることもあり、森友学園での教育勅語問題を擁護した稲田朋美防衛大臣(当時)の過去の発言が次々と暴露されて、「やっぱり谷口雅春原理主義者か!」という見方がぱっと広がりました。森友学園の籠池理事長についても、日本会議大阪が「彼は会員ではありません」という声明を即座に出したのも興味深い現象でした。
能川 「日本会議」本ブームの前に、安倍首相や参議院議員の山谷えり子が、在日コリアンに対する差別的な街宣を行ってきた「在日特権を許さない市民の会(在特会)」の元活動家と一緒に写っている写真が出ました。しかし徹底した追及はされずに忘れ去られてしまった感があります。これがブームのあとだったら、また違ったことになっていたでしょう。
早川 二〇一四、一五年の段階では、いちばんの鼻つまみは在特会だったわけです。しかし、安倍政権の背後には日本会議という、もっとエスタブリッシュメントなでかい運動があった、そのことに多くの人が気づいたきっかけとなったと思います。
斉藤 小池百合子東京都知事が、希望の党の当初の政策協定書に「外国人地方参政権反対」を入れたり、関東大震災時に虐殺された朝鮮人犠牲者を慰霊する式典への追悼文を断ったりするなど、排外主義的傾向を出し始めたことが話題になりました。俵さんの『日本会議の全貌――知られざる巨大組織の実態』では、日本会議が二〇一〇年に外国人地方参政権に強く反対するなど、排外主義的な主張を展開していたことがしっかりと書かれていました。その後の政治への予見性という意味でも重要な記述でした。
能川 俵さんの本は「全貌」と銘打っているだけあって、論点の欠落は少ない。この本のいちばんすごいところはほかの本に出てこない名前がたくさん出てくる点。「日本女性の会」のメンバーもちゃんと出ている。逆に言うと、初めて読む人には分かりづらく思えるかもしれない。

■日本会議はカルトなのか?

早川 さて、確かに大きな意義があった一方で、「日本会議」本を並べて読むと、論者ごとにアプローチも重点の置き方も違います。重なるところもあれば、見解が分かれている部分も多いですね。
能川 どの本も比較的重点を置いているのが、日本会議の来歴です。一番後発の藤生明『ドキュメント日本会議』の基になった朝日新聞の連載名が「日本会議をたどって」なのが象徴です。そのあたりの表面的な事実関係については、一連の「日本会議」本の間で大きな齟齬はなく、例えば日本会議結成の大きなきっかけは、元号法制化運動であるということで一致しているなど、共通の了解が成立していると思います。もっとも、菅野さんの『日本会議の研究』では、「元号法制化運動が全ての始まりだった」(四〇頁)とする一方で、「日本会議の源流は「靖国神社国家護持法案」の失敗にあった」(七四頁)としています。記述に一貫性のない部分があるのは、回ごとにキャッチーな事柄が入りやすい連載(初出「ハーバー・ビジネス・オンライン」)をそのまま本にしてしまったことが裏目に出ているのではないでしょうか。
 見解が分かれている最大のポイントは、日本会議の影響力の源泉は何か、その影響力をどう評価するのか、資金源はどこかというところでしょう。菅野本では、資金源と目されている神社本庁は大したことはないとされ、第五章「一群の人々」で日本青年協議会(日青協‥右派学生運動経験者が組織した団体で、中心メンバーに生長の家出身者が少なくない)の事務処理能力などを重視しています。逆に山崎雅弘『日本会議――戦前回帰への情念』は神社本庁を重視しています。青木理『日本会議の正体』はその中間という感じです。成澤宗男編による『日本会議と神社本庁』はタイトルに「神社本庁」が入っているのですが、成澤さんのパートは「日本会議と宗教右翼」となっていて、神社本庁だけでなく、ほかの宗教右派にも目配りが効いています。
 現状では神社本庁について、過大評価も過小評価もよくないというのが個人的な感触です。確かに全国に神社が八万あるというとものすごい組織のように思えますが、実際にはいわゆる神職は二万人くらい。つまり大部分の神社には専任の神職はいない。だから八万の神社が運動を展開しているというのは明らかに過大評価。他方、裕福な神社は限られているとしても、過去の蓄積した資産まで含めると馬鹿にできない。このあたりは今後詰められていくべきところかと思います。
早川 旧生長の家系と神社本庁のどちらの影響力が大きいのかといえば、どちらもだろうとは思いますが、実際にいろいろ現場を見てきた感想では、「宗教右派の運動」という捉え方は単純ではないかと思います。宗派とは直接縁のない一般の人もそれなりに参加しているし、地域によっても、地元の専門学校や、ゴリ保守のワンマン社長がいる企業が後援していたりと色合いはさまざまでした。
 もちろん日本会議はいろいろな新宗教の寄せ集めでもあり、参加団体の中にはかなり復古的なものもあります。例えばオイスカインターナショナルは、昔の三五教を母体とする公益財団法人ですが、彼らが運営していた学校の教育は、八〇年代まで八紘一宇と教育勅語を理念に掲げた苛烈な軍隊式のものでした。現在では農村開発や環境保全活動を行う国際NGOとして紹介されることが多いですが、かつては反共色のきわめて濃厚な団体でした。塚田穂高『宗教と政治の転轍点』(花伝社)で述べられているように、各宗教の特徴と右派的傾向はそれぞれ色合いが異なるのですが、「日本会議」本では旧生長の家系メンバーだけに焦点が当てられているように感じます。
斉藤 日本会議の本丸の一つは女性や家族です。九〇年代中盤以降の選択的夫婦別姓制度への反対、二〇〇〇年代初めからの男女共同参画や性教育、性の自己決定権への批判、二〇〇六年の教育基本法「改正」による家庭教育の推進と、安倍晋三や日本会議はずっと女性や家族について関心を注ぎ、女性の人権に反する行動を起こしてきました。現在でこそ安倍政権は、女性活躍という政策を掲げていますが、二〇〇〇年代には、安倍晋三が自民党のプロジェクトチームの座長として、男女混合の騎馬戦、男女同室の着替えなどで流言をまき散らし、男女共同参画に逆行してきた歴史もありました。それにもかかわらず、夫婦別姓への反対運動以外、「日本会議」本での言及はわずかです。ただ俵さんは、改憲に向けて「女子の集まる憲法おしゃべりカフェ」活動などを詳しく紹介しています。一方、菅野さんはジェンダー関連に若干言及しているのですが、その言及の仕方に問題があります。
能川 菅野さんが、ジェンダーについてよく分かっていないなと思ったのは、選択的夫婦別姓に関する最高裁の二つの判断、即ち、再婚禁止期間についての「違憲」判決と、夫婦同姓に関する「合憲」判決が「きわめて鮮やかな対比」と書いてあるところです。実際には再婚禁止期間についても一〇〇日を超える部分が「違憲」とされただけで全面的違憲ではありませんでした。生殖テクノロジーの進歩を考えると、女性のみに再婚禁止期間を定めるのは法の下の平等に反するのではないか、という根本的な問いかけに応える判決ではなく、「鮮やかな対比」と言えるようなものではないでしょう。
斉藤 菅野さんは、日本会議は「女、子どもは黙っとれ」という運動だともネット等で発信していますが……。
早川 本当に「女、子どもは黙っとれ」なんですか?
斉藤 そんなことはありません。日本会議はもちろん男性中心の組織ですが、「日本女性の会」を作り、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」では共同代表の一人に櫻井よしこを据えるなど、必要に応じて女性を配置しています。決して表立って女性を軽視したり蔑視したりしているわけではありません。実際、積極的に運動に参加している女性もいます。
能川 あとは山崎さんの「戦前回帰」。森友学園で話題となった教育勅語が典型ですが、右派の運動が戦前回帰というイメージを喚起しやすいことは確かです。しかし、戦前回帰でまとめると見落とすものがいろいろある。一つは、俵さんの本だけが指摘していることですが、近年の日本の教育改革がサッチャー政権の模倣であるということですね。日青協会長で日本会議事務総長の椛島有三や中西輝政京都大学名誉教授が下村博文・衛藤晟一といった政治家とともにイギリスに視察して『サッチャー改革に学ぶ教育正常化への道』(PHP研究所)という書籍を出しています。つまり日本会議的な家族政策、歴史認識には日本固有の要因、経緯もあるが、新保守主義が世界的にそういう政策を要求している側面もあるということです。「戦前回帰」でまとめるとそこを見落としかねないと思います。
早川 山崎さんの本の場合は、日本会議が言っていることと似たものを『国体の本義』(文部省編、一九三七年)から探してきて「そっくりだ」と展開するところが気になります。確かに戦前の国体原理主義と現在の右派運動に共通するものはありますが、日本会議は「戦前回帰」を自己目的化しているわけではないでしょう。戦前のアナロジーはすごくやりやすいので、ついつい私も陥ってしまうのですが、なぜいま再び戦前の家族国家論に基づいた運動がやりたいのかが分からなくなってしまうのではないかと危惧します。
斉藤 日本会議の活動とは直接に関係のない、戦中の『国体の本義』と日本会議の主張に似ている部分があるから日本会議の思想が戦前回帰だというのは、論理として成立しないです。
能川 今年の春に出た伊藤哲夫・岡田邦宏・小坂実の『これがわれらの憲法改正提案だ』(日本政策研究センター)は、「家制度の復活」と言われることに反論しています。もちろん日本会議のイデオローグたち自身が「戦後GHQが家制度を壊した」といった主張をしているので、家制度復活を目論んでいるという批判を自ら招いてい
るところはあります。しかし文字通りに戸主権を復活させようとしているわけではなく、いまの時代に合わせたかたちで「家族の復権」を目指しているというところも押さえておくべきでしょう。
斉藤 「カルト」「一群の人々」「インナーサークル」などと悪魔化してしまうことも問題です。そういう表現で日本会議が悪の一味だからと異端視しようとしているのは問題だと思います。
能川 上杉さんの本のサブタイトルには「カルト集団」とある。その本ではカルトをこのように定義しています。「世間知らず、あるいは社会の現実を知ろうとしない傾向」、「自分で考えようとしない他律的な傾向」があること、と。
斉藤 「カルト」だというのは、非常にまずいと思います。特に日本では、そもそも宗教は怖い、怪しいというイメージが強く、そこに便乗しているような気がします。
能川 特に日本では「カルト」という語は統一教会やオウム真理教の関連で一般に知られるようになったので、いま申し上げたような使い方は宗教差別を助長する恐れもありますね。そうした危険を考えると、上杉さんの定義は恣意的にすぎるように思います。七〇年代以降の宗教社会学では、「社会と緊張関係にある新宗教」を指して「カルト」と呼ぶのが一般的です(星野英紀ほか編『宗教学事典』丸善出版、二〇一〇年)。例えば統一教会の霊感商法、オウム真理教の地下鉄サリンテロをもってこれらの教団をカルトと呼ぶのは、ひとまずカルトという言葉の学術的な用法に従っていると言えるでしょう。その際、「多数派が少数派をカルト呼ばわりしているにすぎないのでは?」という自省は必要でしょうが。
 しかし日本会議、あるいは日本会議にかかわる宗教教団を一括りにカルトと呼んでいいのかということになると、結局はいまの日本社会のあり方が問われることになります。例えば日青協をカルトと呼べるほど、われわれの社会は彼らの価値観と緊張関係にあると言えるのか、ということです。
早川 なるほど。彼らがカルトかどうかではなく、カルトとして切断しうるものなのかと。
能川 彼らをカルトと呼ぶためには、彼らの価値観とはっきり隔絶された価値観が日本社会に確立されていなければならない。しかしそういう緊張関係があると言えるのか。
森友の件も、一部ではかなり前から有名でした。だけど森友がなぜワイドショーネタになったかというと、金銭スキャンダルが出てきたからです。何だかんだ言って、あの幼稚園を看過してきたのが日本社会。だからわれわれは、彼らをカルトと呼べる資格があるのかということです。

■日本会議と歴史戦、反フェミニズム

早川 斉藤さん、能川さんは、これまで日本会議系、右派保守運動をウオッチなさってきた。そういう観点から気になることはありますか。
斉藤 日本会議にとって家庭教育はとても大事なのですが、その点が弱いように思いました。教育に詳しい俵さんの本では家族を重視しているというところについては最も詳しく論じられていましたが、学校教育が中心になっていました。家庭教育については、例えば、日本会議とも関係の深い高橋史朗が提唱した「親学」は、子どもに問題が起きてくることの根本が「家庭の問題にある」、親による「愛着形成の不足」だとし、だから「親のかかわり方が大事」と家庭教育を非常に重視しています(高橋史朗監修『続・親学のすすめ』モラロジー研究所、二〇〇六)。
能川 俵さんも教育基本法改正がイギリスをモデルにしているということは指摘しているのに、そこから先がないのは、家族の問題に踏み込めていないからでしょう。
早川 俵さんたちの「子どもと教科書全国ネット21」は、一九九八年から九九年にかけて小・中・高の家庭科教科書が大幅に書き換えられたとき、そこにあらわれた家族観の変容を問題にしていました(鶴田敦子『家庭科が狙われている』朝日新聞社、二〇〇四)。いま再びそのあたりが問題となっているのですが……。
能川 実際、日本会議にきわめて近い右派言論人である八木秀次や高橋史朗はいまでも家庭科教科書をさかんに問題にしています。
斉藤 高橋史朗は安倍内閣の男女共同参画会議の有識者委員を何度も再任されているし、外務省にも入り込んでい
る。八木秀次も法務省の法制審議会民法部会の委員と内閣官房の教育再生実行会議の委員。共に政府の政策の中枢に入って活躍しています。
能川 つまり方法論的に見ると、フェミニズム的な視点が非常に弱いということですね。
斉藤 はい、軽視されています。「日本会議」本の書き手の頭の中に家庭や家族のテーマが浮かばないということは、つまり日本会議の本質が分かっていないということなのではないでしょうか。そこまでの懸念を覚えます。
 「日本会議」本の著者はほとんど全員が男性。日本会議は、ジェンダーやセクシュアリティ、家族のあり方について、国家論とかかわる問題として大きな関心を持って取り組んでいます。しかし、それらのテーマについてこれまで日本会議が何をやってきたかがほとんど書かれていない。唯一、『日本会議と神社本庁』で山口(智美)さんが、家族の崩壊を食い止めるために夫婦別姓反対運動をしてきたことなど、ジェンダー、セクシュアリティを論じていて、日本会議のターゲットの一つが日本国憲法二四条の改悪であるときっちり書いています。
能川 ちなみに菅野本は、日本会議の本命は、九条ではなくて二四条と緊急事態条項だと言っています。私と斉藤さんは「二四条変えさせないキャンペーン」の賛同人でもあるので、二四条に注意を集めたいということでは人後に落ちないのですが、しかしその指摘は間違い。やはり本命は九条です。独自性を印象付けるための、ある種の逆張りですね。例えば「美しい日本の憲法をつくる国民の会」が二〇一五年一一月一〇日に武道館で開いた改憲集会について、共同代表である櫻井よしこのスピーチで具体的に言及されたのが「緊急事態条項」と「家族」の二点だけだったとし、それを根拠に「この二点を九条より優先する姿勢」があらわれているとしています。しかし実際に櫻井さんのスピーチを聞けば、「九条」という単語こそ登場しなくても「九条改憲」が念頭にあることは明白ですし、逆に先の二点以外にも憲法前文が具体的に言及されています。このように、資料や証言の解釈に恣意性が見られることについては、またあとでも触れたいと思います。
 また、各論者はあれだけ生長の家をクロースアップしながら、優生保護法改正運動についてはほとんど扱っていない。実はこれは生長の家がいちばんこだわっていたテーマの一つですよ。
斉藤 最近新たに、危険な動きの萌芽も見られます。今年七月、石川県加賀市では、日本会議地方議員連盟設立代表発起人の宮元陸市長が「お腹の赤ちゃんを大切にする加賀市生命尊重の日」条例を成立させました。東京の「生命尊重センター」本部と連携した動きです。「生命尊重センター」は、「胎児の人権」を訴え「赤ちゃんポスト」の設置や啓発の講演会活動などをする一方、現在の母体保護法が中絶の条件として経済的理由を許容していることを問題視しています。
能川 「生命尊重の日」条例が日本会議の組織的な活動の成果であるかどうかは別として、思想的には軌を一にするものですね。
斉藤 はい、そうです。「生命尊重」という言葉で、産むか産まないかを選択する女性の自己決定権(リプロダクティブ・ヘルス/ライツに含まれる)を否定する動きが起きており、要注意です。
早川 「胎児の生命尊重」は、八〇年代に生長の家が行った優生保護法改正運動のときに頻出したキーワードですね。
斉藤 生長の家は、七〇年代に優生保護法改正を目論んでいたのですが、自民党内部や医師会、ウーマンリブ運動などの反対で失敗し、八二年には、生長の家系の国会議員である村上正邦が「胎児は人間」「胎児の生命尊重」などと言って優生保護法を改正しようと動きました。このときも女性団体などの反対で頓挫しますが、マザー・テレサを利用したりして派手に動いていました。
能川 村上正邦は情報提供者なので、「日本会議」本の中ではかなり好意的に扱われていますね。
斉藤 だから危ういんですよ。
能川 日本会議のメンバーである高橋史朗らは近年も「胎児の権利」を主張する団体の集会で講演するなど、アンチ・リプロダクティブ・ライツの運動にかかわっています。先ほどの戦前回帰の話と絡めると、リプロダクティブ・ライツを制限しようとする現在の運動は単純な優生保護法改悪運動の反復ではない。少子化を踏まえた社会的要請と合流していると見るべきです。
斉藤 うまく使っていますね。少子化対策とか人口減少の危機を語ると、産む産まないを決める女性の権利を認めないという彼らの本質が見えづらくなります。
能川 「緊急事態」というレトリックも頻繁に使われている。これは人々を保守的な反動のほうに引っ張る。「危ない!」と言われれば「大変だ!」となりますからね。
早川 つまり、私たちの生活に迫ってくる右派系大衆運動が、「日本会議」本ではあまり取り上げられていないということですね。
斉藤 「日本会議」本の書き手は、日常生活の問題にはあまり興味がないのではないか。
能川 確かに日本会議の運動について「草の根」が強調される割には、地方にいる人々が自発的に行っている活動はほとんど紹介されていないように思います。メディアを含めて、これら「日本会議」本の著者のほとんどが東京在住ということとも関連していると思います。そういう意味での最大の貢献は、上杉本の第五章「育鵬社は大阪でどのようにして大量採択を実現したか?」で、大阪における育鵬社支援の活動がかなり詳しく書かれていることでしょう。上杉さんは大阪在住だし、上杉さんしか書けなかったテーマ。この章は本当に値打ちがあると思います。
斉藤 運動の構造的な分析になっていますね。
能川 この第五章は、地方で具体的に何が起こっているのかを考えるとき非常に参考になる。この章ではフジ住宅という企業が出てきますが、こういう運動を支援する社長、会長が全国にいる。早川さんの言う宗教右派の運動として片づけていいのかという話で言えば、地方の財界人のような存在が見落とされがちです。今年の憲法記念日の日本会議大阪の集会では、コンサル系の会社が動員をしていて社員がシンポジストとしても登壇していました。
 日本会議がまさにいま行っていることについての紹介もあまりないですね。最後発の藤生本も来歴に集中している。
斉藤 これだけほかの本で来歴に触れているのに。どうしてだろう。
能川 藤生さんは、確かに長く取材されているので、来歴の部分はかなり信頼できると読みました。しかし、いま何が起こっているか。例えば自分自身の関心を重視したがるというバイアスを割り引いて聞いてもらいたいけれども、まさに「歴史戦」の話は真っ最中でしょう。「慰安婦」問題や南京大虐殺は「濡れ衣」だと国内外にアピールする活動を右派は「歴史戦」と呼んでいるんです。
早川 「歴史戦」といえば、自民党の猪口邦子参議院議員が、産経新聞出版発行の『歴史戦――朝日新聞が世界に巻いた「慰安婦」の嘘を討つ』英日対訳版を、アメリカの日本研究者に対して大量に送りつけていたという事例も二〇一五年に明らかになりましたね。
能川 菅野本では、政府がユネスコに提出した南京事件の記憶遺産登録に反対する意見書の作成者が高橋史朗であることが書かれています。山崎本でも、日本会議による南京事件否定論と慰安婦問題否定論が多少詳しく紹介されていました。
早川 最近教えてもらったのですが、日本会議の一角を構成している修養団体「倫理研究所」の在米組織が、ニューヨークなどで活発に歴史修正主義の運動を展開しています。「平和の碑(従軍慰安婦像)」の建設に反対するなど右派運動の言う「歴史戦」を積極的に担い、現地での動員源となっている。構成諸団体による大衆運動の蓄積の上に、政治委員会としての日本会議がある――こうした見取り図があってこその「全体像」ではないでしょうか。
能川 多少弁護すると個人プレーでは、そこまでカバーできないことかもしれない。いま現に内部にいる人に会えているのが青木さん、藤生さん。菅野さんはもっぱら既に離れている人に会って話を聞いていて、だから彼らは正直に話しているかもしれないのですが、既に離れているだけにその情報が間違っているかもしれないし、あるいは敵対的なバイアスが入っているかもしれない。その点には注意が必要ですね。
斉藤 取材についてですが、青木さんや藤生さんは、多くの人から断られるなど取材の困難さについて書いています。ジャーナリストである二人が、困難を圧して、当事者への取材を敢行されていることには頭が下がります。菅野さんのネット記事が注目を集めるようになり、日本会議関係者への取材はより困難になった面があると思います。私も、街頭での一般向け改憲キャラバン隊のスケジュールを本部に問い合わせたのに、「役員にしか教えられない」と断られるなど、調査のしづらさを痛感しています。

■思想・文化活動の更なるクリティークへ

早川 百地章(日本会議政策委員)らが強調する三世代同居などの家族観は、理念的には「家族の絆」を強調する一方で、具体的には「高齢者介護は家族内で」などと言っていて、結局、福祉切り捨てを日本的家族理念で正当化しているわけです。高橋史朗や八木秀次らも「これが日本型福祉社会の利点だ」と言います。この源流は一九七九年、大平政権時代の「家庭基盤充実政策」です。サッチャリズムやレーガノミクスなどと同じく、日本の新自由主義的福祉切り捨て政策のはしりです。日本会議は、あたかも戦前の復古的な家族観を称揚しているようですが、実際に政策として提言しているのはネオリベなんですね。「ミソジニー」や「戦前回帰」というキーワードで括ってしまうと、彼らの掲げる理念と現実の乖離が浮かび上がってこないし、読者をミスリードしてしまうと思います。
能川 少子化対策のために三世代同居を提言している加藤彰彦明治大学教授の名前が出てくるのは俵さんの本だけ。そこはさすがだと思います。
斉藤 来歴と全体像はけっこう分かった。あとはテーマや地域ごとのミクロなフィールドワークや取材が必要です。
早川 そうですね。例えば先ほどの三世代同居理念は、第二次安倍政権になってから政策的には「リフォーム減税」(二〇一五年)として帰結するわけですが、「減税ならいいじゃん」で終わっては、その背後にある家族観が伝わらないと思うのです。
斉藤 リフォーム減税は、別に三世代が一緒に住んでいなくても適用されるわけです。親子孫の「縦の家族優遇」とも言えますね。
早川 結局、制度としてはキッチン、バス、トイレ、玄関のいずれかを増設する工事で、いずれか二つ以上が複数あれば税制上の優遇が得られる……というものになったわけですが、これは彼らが言っている理念と現実の乖離の最たる例です。もちろん国交省などの抵抗による帰結なのですが、日本会議の提言から始まって、政策として実現されるミクロな過程も拾っていくと、興味深いものですね。
能川 いずれにしても、どの本も、日本会議と安倍政権を結び付けてはいる。しかしそれぞれの書き手が安倍政権の何を問題にしているかによって、日本会議の何を問題にするかという関心が規定されている。
早川 菅野さんは安倍政権の政権基盤が脆弱なために「安倍は他の総理総裁よりつけこみやすく、右翼団体の常套手段である「上部工作」が効きやすいのだ」と書いています。彼が言うところの日本会議の「一群の人々」、とりわけ伊藤哲夫の「安倍晋三のプロモーター」としての影響力の大きさを強調する論旨です。あたかも安倍自身は「一群の人々」に操られているかのように読めます。
能川 青木本にもそう書かれていますね。上杉本では、岸信介との関係で学生時代から九条改正は言っていたとし、若いころからそのようなイデオロギーへの親和性があったという見立て。青木さんと菅野さんは、安倍は空っぽ=ただの器説を採っている。ある意味肝心かなめの部分である、安倍晋三が日本会議と親和的なイデオロギーを持っているのかについては見解が分かれていますね。
早川 そこを丁寧にやっているように見えるのは、三才ブックスの『日本会議の人脈』です。政権内のブレーンと日本会議シンクタンク側のブレーンを丁寧に紹介している。いい本なのですが、立場的には政権に対して肯定的なんです(笑)。
 日本会議にだけ注目すると、日本青年会議所(JC)やモラロジー、倫理研究所、「日本を美しくする会」の素手でトイレ掃除運動、そのほかの愛国ビジネス関係など、じわじわと浸透しているほかの右派系運動の広がりを見落とすことになりかねません。今年の夏もJCは横浜で大会を行いましたが、「歴史戦」のパネルがたくさん出ていたようです。JCの組織力と資金力は馬鹿になりません。既にJCは「領土・領海意識醸成プログラム」や「徳育ゼミナール」「安全保障教育プログラム」などのかたちで教育現場に深く入り込んでいます。
能川 日本会議の重要メンバーでも名前が出てこない人がたくさんいる。
斉藤 例えば小児科医で日本会議北海道本部理事長の田下昌明や、ジャーナリストの肩書きもある運動家だった岡本明子が忘れられています。岡本さんは、『正論』などに記事も書くし、あるときは主婦として立ち回るなど、日本会議で長い間活躍されました。日本会議の夫婦別姓反対運動や男女共同参画のバックラッシュに、深くかかわった方です。岡本さんは、国連に左翼ばかり行っているのはとんでもないと、「家族の絆を守る会(FAVS)」を設立し、女性の権利や家族関連の動向などをウオッチするために、国連女子差別撤廃委員会や児童の権利委員会などの傍聴に人を送り込んできた。これを継承したのが、慰安婦問題を否定する立場の「なでしこアクション」の山本優美子や「琉球新報、沖縄タイムスを正す県民・国民の会」代表運営委員でチャンネル桜沖縄支局キャスターの我那覇真子です。
能川 これは重要。しかも岡本さんは、慰安婦像のせいでアメリカの邦人子弟がいじめられていると『正論』の二〇一二年五月号で書き、アメリカなどで建立される「慰安婦」モニュメントへの攻撃に先鞭をつけた人でもあります。
斉藤 日本会議の方で、「田下さんが大事」と言う人がいました。その方の家には田下本がたくさんあり、日本会議の機関誌『日本の息吹』では、「子育て支援塾 日本大好き・ありがとうお母さん」という「田下さんの記事が一番大事。みんな読んでいる」と言っていました。連載は終了しましたけど、子育てについて母親に説く内容でした。
能川 田下さんの重要なテーマは「三歳児神話批判」批判。つまりそれは神話でないと。
早川 日本会議を「改憲」だけから捉えるアプローチだと、例えば田下さんのような子育てや家族に力点を置くイデオローグには注意が払われなくなりますね。
能川 青木さんの参考文献を見ると、伊藤哲夫の著作も憲法と教育勅語の本に限定されている。ここから青木さんがどこに重点を置いているかは分かる。
斉藤 日本会議では、改憲や安全保障など国家のあり方と同時に、文化的な面を重視しています。元号法制化もそうですし、「明治の日」や「昭和の日」など、文化や生活というところからのほうが人は入っていきやすい。政治のことをゴリゴリ言う元谷外志雄(アパグループ代表)やその周辺のやり方はどうなのか、もっと文化面からソフトに入っていくほうがよいと思うという意見も聞きました。
能川 ゴリゴリだけでは、いわゆる普通の人たちがどうやって運動に参加しているのかが分からないですね。
 また、菅野本では、日青協にリクルートされた同志社大学の嘱託講師の方に取材をしていますが、結局リクルートに失敗している事例なんですよね。一方では日青協が正体を隠して巧みに勧誘しているかのように書き、他方で若手人材は二世、三世ばかりだと書いている。このように自家撞着が目立つのですが、しかし最初に出たし、売れたし、話題になったから、研究者も安易に参照している節があります。
斉藤 複数の研究者の方が菅野本を引用されているのを目にしました。菅野本では、日本政策研究センターの機関誌『明日への選択』二〇〇四年五月号を引いて、日本政策センターが「歴史認識」「夫婦別姓反対」「従軍慰安婦」「反ジェンダーフリー」の四点に集中するようになり、さらに安倍政権も同様に「メインテーマ」としている、と書かれています。ある研究者の方は、ここを引いて、この四点が「日本政策センターの主要テーマ」として、あたかも現在もそうであるかのように書かれていました。菅野本は、書かれたコンテクストに留意せず、自分の論を立てるのに都合のよい資料をランダムに引っ張ってくるなど、資料の使い方に問題があります。
能川 高橋史朗のアメリカ留学の動機もかなり憶測で書かれています。しかもその傍証として、「教育学関連の論文」をほとんど書いていないとしていますが、いったいどういう探し方をしたのか。高橋史朗は一九八〇年代の半ばまでに占領下の教育改革に関する論文をいくつも書いていますし、明星大学の戦後教育史研究センター(当初は占領教育史研究センター)も彼がアメリカで収集した資料などを基礎として設立されています。彼の業績についてのフェアとはいえない評価を根拠として、留学の動機を推測してしまっているのです。いちばん売れた本だから、そこは厳しく指摘しておきたいと思います。
斉藤 取材もされないまま、あたかも自分が日本会議や伊藤哲夫に操られているかのように書かれた、と怒っている右派の人にも会いました。彼は実際に扶桑社に抗議もしたと言います。
早川 同書は最後に「右傾化路線の淵源に立つ男」として安藤巌を名指しするところがクライマックスになっています。日本会議における旧生長の家系人脈を掘っていくのも、ラスボス的な人物を探すという問題意識だったことが分かりますが、これは戦後の右派運動に関する従来の研究からすると驚きです。さらに「我々はまだ、長崎大学正門前のゲバルトの延長を、生きている」と結ばれていて、それはかなり矮小な特徴付けではないかと思いました。
斉藤 それで印象付けられた人はたまらないですよね。
早川 一番売れた菅野本ですが、この一冊だけに依拠するのは――とりわけ学問的な領域では――いかがなものかと思います。「日本会議」本以外の右派運動研究書も視野に入れてほしいですね。
能川 最低二冊以上は読み比べてほしい。
斉藤 しかし現実的にはほとんどの人が菅野本だけを読んでいるのでは。
能川 基本的に著者はジャーナリストか教科書問題に関心のある研究者が中心で、まだ新しく近すぎて難しいとは思いますが、今後は例えば政治学者が、実際の政策形成過程を分析して、日本会議がどのように関与しているのかを分析しなければならないでしょう。結局、全部が新書かムック、ブックレットでまだ第一歩という感じ。こうしたものを契機として研究者やジャーナリストが参入して分厚いものにしていかなければならないと思う。
早川 多くの人にとっても、日本会議の輪郭はさしあたりつかめたのではないかと思います。今度は日本会議の運動につらぬかれているイデオロギー、思想そのものへのクリティークが必要だと思います。
斉藤 思想プラス文化活動も含めないといけませんね。
能川 そして彼らがどういう社会を作りたがっているのかも重要。内容に同意するかは別にして、その意味では山崎さんの「戦前回帰」批判は、狙いとしては分かります。
斉藤 それが安倍政権をはじめとする保守政治家によって実際の施策や法制度にどうやって落とし込まれているかを併せて検証する必要があります。また、草の根運動を展開している宗教団体活動に参加している人は、末端の人ほど、日本会議の活動に参加しているとは思っていないかもしれない。日本会議が日々やっていることを丁寧に見ていくことが重要でしょうね。
早川 単にカルトとして切断するのはもういいでしょう。日本会議は文字通りの「氷山の一角」で、水面下にはさまざまな担い手による運動やセミナー、講演会、さらに愛国ビジネスなどを積み重ねている。日常生活とつながっている具体的な右派系諸運動に、焦点を合わせていく段階にきていると思います。
(了)







リンクサイト
サイト限定連載

図書新聞出版
  最新刊
『新宿センチメンタル・ジャーニー』
『山・自然探究――紀行・エッセイ・評論集』
『【新版】クリストとジャンヌ=クロード ライフ=ワークス=プロジェクト』
書店別 週間ベストセラーズ
■東京■東京堂書店様調べ
1位 パラノイドの帝国
(巽孝之)
2位 雑誌に育てられた
少年
(亀和田武)
3位 抽象の力
(岡崎乾二郎)
■青森■成田本店様調べ
1位 どう見える?
生きる跡アート
(高橋弘希)
2位 下町ロケット
ヤタガラス
(池井戸潤)
3位  大家さんと僕
(矢部太郎)
■新潟■萬松堂様調べ
1位 日本国紀
(百田尚樹)
2位 柳都新潟古町
芸妓ものがたり
(小林信也)
3位 わたしはよろこんで
歳をとりたい
(J.ツィンク)

取扱い書店企業概要プライバシーポリシー利用規約