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評者◆平井倫行
幻惑されて――谷中・全生庵の幽霊画の展示から、《還魂香》の印象について
No.3318 ・ 2017年09月09日




■先日までの蒸し暑さが嘘のような、涼しい、薄曇りの日であった。柄杓の水を墓石にそそぎ線香を供え、手を合わせる。残った燐寸で煙草に火を点けると、漂った煙はすぐにも灰色の空へと溶け、見えなくなってしまった。
 毎年八月一日から三十一日の期間、谷中の全生庵では五十点にも及ぶ幽霊画の展示を行っている。これは怪談噺の名人であった三遊亭圓朝が生前蒐集したといわれるコレクションの虫干しを兼ねたもので、地元では寄席を始めとした圓朝ゆかりの様々な催しが開かれているのである。久々に足を運んだのは、その墓参りを兼ねてのものでもあった。
 はじめてこの場所を訪れたのはおよそ十年前、大学院に進学して間もない頃のこと。当時の私は刺青に関心こそあれ、別段研究をしようとは、まだ考えてもいなかった。
 何よりも学業以前に生活全体が荒れていた。これという研究主題も定めぬまま、ただ毎日を無目的に生き、他人の部屋で本を読んでいるか、漠然と雑踏を眺めているか、後は酒場で胡乱な連中とから騒ぎをして、自明の憂鬱を握りつぶすか、選択肢としては陳腐極まらぬ浅はかで、軽妄な日々。
 「若さ」などという雑な言葉に押し付けてしまえるならば都合もよいが、その本質的な虚構を一時棚上げにし、信じた訳でもなき猶予を、あたかもそこに保証されたもののように自らに信じ込ませる誤魔化しが、自分をも、誰をも幸福にせぬことなどとうから知っていた。ただ、己の未だ人生という言葉にも満たぬ現実に付きまとう重苦しさを、そうした模糊の感情で埋め尽くし、窒息させていないことには、一日を過ごすのさえ耐え難かった、というだけの話である。だから、それはいうなれば意識された韜晦、「道草」の典型に他ならなかったと、今なお折にふれ自省する。
 あれから世の中は変わり、自分もまた変わってしまった。その感想を構成している経験則の内側においては変わったものも、変わらなかったものもあるが、ただ言いえることは、それらはもうみな等しく、とらえようもない時の風化を耐え忍ぶ他はないということだ。だがもし、人がかくした生存の酷薄に対し、何か変わらぬものを確認したいと望むのならば、己の中にある記憶や感情と結びつく、そんな場所や作品を日常の狭間、ふと尋ねてみるというのも悪くはないであろう。私にとり、まさにこの寺はそうした場所の一つなのである。
 展示は本堂に隣接した小スペースで行われているが、暗く静かな一室に何点もの幽霊画が立ち並ぶさまは中々壮観である。怪談会や圓朝の交友関係を中心に集められたこれらの品々は、有名無名、実に多様な絵師によって彩られ、なかには円山応挙、月岡芳年、河鍋暁斎といった、江戸近代の錚々たる顔ぶれもちらほらと入り混じるも、それら明らかな巨匠の手になる作品とはまた異なった意味において、あくまで個人的経験から特に思い入れが深いのは、誰の筆とも知れぬ《還魂香》なる一幅の掛け軸である。
 あの時も、そして今も、女の幽霊は朦朧とした煙の中、妖しく微笑していた。
 本作の主題である「還魂香」すなわち「反魂香」とは、故人の魂を呼び戻す霊薬として、白居易の『白氏文集』「李夫人」にその記述が見られる。王妃の死を嘆く漢の武帝が方士に霊香を焚かせると、煙に亡き妻の姿が現れたというこの故事は、後世の文藝に多大な影響を与え、我国では絵画のみならず、浄瑠璃の『傾城反魂香』、また落語では「高尾」といった滑稽噺にも結実しているが、しかし興味深いのは、本伝承全体に通底した、芸術と死者を巡る、どこか物寂しい絵画怪談としての印象であろう。それは、そもそもこの物語が妻の面影を描かせることから生じた展開であり、また霊香は夜焚かれるものとして、その像は灯を背に帳に浮かぶに過ぎなかった、という記述に従うならば、反魂香とは皇帝の悲しみを鎮めるため上映された、一種の影絵のようなものであったとも解されるからである。
 かつてこの絵を前に、ほぼ同様の思考を反芻したのを、私は忘れることが出来ない。
 煙の中に揺らめく影に想いを寄せた天子の物語、それは「既にない」ものを「未だある」かのごとく「再現」するという、ほとんど神学的な芸術機能に基づいた、静止への欲求であった。白居易の詩文において、皇帝の心の動きに寄り添う叙述はそこで終わってしまうから、彼がその後、自らの感傷に対しどのような結末を引き受けたのかは分からない。ただ、もし仮に皇帝がそれでもなお夜ごと香を焚くのをやめられずにいたとしたならば、その昼の時間は実にやるせなく、かつ退屈なものであったろうと感想を付するにつけ、不思議と気持ちが醒めていく己がいたのを、今もって記憶しているのである。
 それは、単なる時期的な戸惑いに過ぎなかったのか。
 あるいは、むしろそれこそは、やはり大きな蓋然であったのか。
 いずれにせよ私が刺青について最初の報告を纏めたのは、それからすぐ後のことであった。
(刺青研究)







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