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評者◆谷岡雅樹
誰が飛行機を衝突させ、誰が殺しを止めるのか――エリオット・レスター監督『アフターマス』
No.3318 ・ 2017年09月09日




■映画監督堀禎一。新作公開と自作特集の真只中で、七月一四日ポレポレ東中野登壇中に倒れ、一八日亡くなった。享年四七歳。何度かしか会っていないから、親しいという言い方はおかしいのだが、堀禎一が好きだった。新作チラシの惹句は【日本映画最後の未踏峰、知られざる最後の天才】と「最後」の文字が二つも入っている。本当に最後なのか。
 親友のシナリオライターの著『南木顕生遺稿集』(出版オムロ)が出来上がり、その書評を雑誌『キネマ旬報』に今書いたばかりだ。南木のシナリオと最期の日記だ。それは、怠惰に生き残り、目を逸らす映画人全てに突き付けた唄であり、ラスト・シネアスト・ソウルなのだと書いた。
 堀は最後の天才であると同時に、城定秀夫と並ぶピンク映画界から放たれる最後の矢のツートップだった。南木もまたピンク映画がデビューの脚本家だった。南木は自らが死ぬちょうど一年前に、日記で悪態を吐いていた。その部分は当然の如く『遺稿集』からは削除されている。タイトルは「誰が上野俊哉を殺したか」。
 〈私はただ、上野俊哉の死を誰かのせいにしたいだけです。上野を殺したのはあなたであり私であるわけで、イマのピンクファンの怠惰と、かつてのファンのイマのピンクに対する無関心のせいであると考えます。〉ピンク七福神の一人、上野監督の死に、どうしようもなく言葉が溢れ出た。私も身に摘まされた。
 上野の一年後に、上野と同じ四九歳で南木も逝く。その五カ月後にピンク映画の現在を最も体現していた俳優伊藤猛が五二歳で亡くなる。そして堀禎一だ。南木の言説はときに映画人の痛いところを突き、脚本家の重鎮荒井晴彦も〈惜しい人材を失くしたね、南木という。〉(『シナリオ』二〇一四年一一月号)と、苦言を吐き続けた暴れん坊の死を悼む。
 美空ひばりが、人気とは裏腹に、当初からインテリに嫌われたのは、表向きの「大人びた子ども」という理由よりも、もっと別の「見たくない」グロテスクの存在にあった。美空ひばりには、プールの下に広がる地下プールがあり、底がときどき開いては、地下の淀んだ水が傾れ込む。以上は、鴨下信一の『昭和芸能史 傑物列伝』(文春新書)にある。本物と怪しげな偽者の混在する街頭の傷痍軍人、闇市での誰もが手を出した裏取引の記憶。これらがひばりの歌から見え隠れする。臭い物に蓋をしたがったのはインテリの方だった。「無かったこと」にしたがった。南木の本音の言葉への嫌悪もまた、新しいインテリたちによる蓋であり、ピンク映画やVシネマの持つ嫌味や醜怪、棘のあるタッチは、脅威であった。自由な表現の最先端は、隠し事こそに向かう。芸能の持つ怖さや、エロと暴力の奥深さを併せ持つ強さ、しつこさと言ってもよい。
 〈作家として遇されたというけれども、遇されて作家になったわけじゃない。喧嘩し
ながらやってきたわけだから。(中略)何で戦わないのか。〉(『シナリオ』二〇〇九年二月号)とは、ピンクから映画人生を始めた荒井晴彦の言だ。堀の生前に「堀を掘れ」と力を込めたのは映画作家青山真治だった。今、堀禎一読本を出さなければ、〈存在としての日本映画は死んだに等しい状況に陥るだろう〉と。
さて、シュワルツェネッガー(以下シュワ)主演のアクションではない新作『アフターマス』だ。ローリング・ストーンズのいわゆるバンドとしての始まりと言われる『アフターマス』というアルバムがあるが、地下プールの如き、ブライアン・ジョーンズが汚濁を噴き出している。オーストリアから所持金二〇ドルで渡米してきたという移民のボディ・ビルダーが、ハリウッド俳優となって加州知事にもなったシュワ。その履歴中に、黒い染みや暗い経験はあったろう。「私が今この舞台に立てるのも、私を抱いてくれた男たちのおかげかもしれない」とは、荒井晴彦脚本『Wの悲劇』の台詞だ。シュワが今、この年齢になって、このアメリカになって、本作から染み出し開始、毒を撒き始めたのであろうか。
 堀禎一は東京大学の出身だが、本籍東大、住所アイドル物とかドキュメンタリーなどではない。あくまで本籍「ピンク」住所「映画」である。或いは本籍「お姐」と言ってもよいかもしれない。お姐とはピンクの老舗で梁山泊でもある製作会社「国映」の朝倉大介こと、佐藤啓子プロデューサーだ。南木の死後、映画人との交遊は皆無と言っていい私だが、以前はそのお姐さんに会いに国映に行く。そこに番頭の坂本太監督、俳優川瀬陽太をはじめ、伊藤猛や堀禎一がいた。彼らに共通しているのは、ギラついていないこと、生きざまに余裕があること、良き相手に愛されること。お姐さんがいなくとも、その代わりに会っている気がした。にもかかわらず、たとえお姐さんがいなくなっても、いつまでもお姐さんがいるかのような印象を与える男たちが、逆に若松孝二を始めとして次々と先に亡くなっていく。
 アフターマスとは余波のことだ。二〇〇二年に実際に起きたユーバーリンゲン空中衝突事故があり、事故を起こした航空管制官を二〇〇四年に遺族が殺害した事件を含む、悲劇の当事者たちの余波である。ともに被害者だとしか言
いようがない。
 こういった事故があると、悪いのは誰か。戦犯は誰か。責任者出てこい! という話になる。だがそんな仕組みではないことぐらい皆知っている。システム自体に問題があり、もっと言うとそれを制御できる技術など人間にはない。悪いのは誰かなど、はっきりと言えない。私自身も様々に当事者となったことがある。お前がやった、お前が書いた、直接に手を下した、犯人だ、著者だ、ウソを書くな。だが実際には違う。ただ説明のしようがないこともあるのだ。これは経験した者にしか伝わらないであろう。
 事故を起こすのは、未熟者や障害者や劣った者だと思われているが、そうではない。むしろ差別し、甘く見ている側が起こす。システムの上で胡坐を掻いている上司やトップ、さらには無関心な人々にこそ責任がある。事故の当事者となって初めてやり切れなさが分かる。
 飛行機衝突でなくとも、核ミサイル発射であろうと、人為的なミスというだろうが、システム自体が、人間社会自体が、その危険を認め放っておいているからこそ起きる。告発しない、できないのは、マナーを守らぬ子連れを叱れない店や、いじめを野放しの学校みたいなもので、出来そこないの人間そのものが問われている。遺族をシュワが演じている。そのシュワに殺されることさえも、世の中のせいだと私は思う。
 シュワの尊敬するC・イーストウッドの撮った『ハドソン川の奇跡』は、アメリカ人の喜ぶヒロイズムの意思の物語だ。だが『アフターマス』は素直に喜べない。シュワの殺した相手の息子が刺しにくるのではないかと思って見てしまう。案の定、銃を持ってやってくる。シュワの望みは何か。「(ミスをした男の)目を見て話したい。謝罪の言葉を誰からも聞いていないんだ。謝ってもらいたい。家族の写真を見せたい」。ただそれだけだ。単なる一市民であって、『ハドソン川』でトム・ハンクス演じる機長のような立派な人間ではない。
 題材がシリアスでも、シリアスな演技に向かっていったのではない。「無言で去る男」という、およそ演じることから遠く離れたリアルに向かって自問自答した。
 安倍やトランプを選んだのは私たちではないという人がいるけれども、では私たち以外の誰が選んだのか。重い課題を突き付けられた。
事故を起こすシステムに抗えない。会社のボスに、地元の名士に、いじめのガキ大将に逆らえない。切実さを感じられないのは、「朝まで生テレビ」の席についている専門家や評論家と同じく、問題を先送りして、飯のタネを確保しつづけているだけではないのか。原稿依頼に曖昧な口約束が多くまかり通っている物書き稼業にも、勇気が必要だ。
 「北朝鮮に対して核を辞めろと言ったところで、どうせ対話に応じない」の一点張りで、ウーマンラッシュアワー村本大輔の質問に応えようとしない「朝生」の論客たち。
 「上司に言っても無駄。社長に直訴なんてとんでもない」と言ってパワハラやブラックを容認している社員と何ら変わらない。対話しろよ。
 北朝鮮の発射したミサイルが、グアム沖まで届くのに一七分四五秒だという。村本は、元防衛大臣の森本敏に質問する。「旅客機がいつ飛んでくるか分からないじゃないですか」。
 答える森本。「その通りです。はっきり言って、赤道直下の静止衛星から把握する能力はないです」
 この発言で終わりなのだ。
 イーストウッドの『グラン・トリノ』は、明らかな無法者に対して威厳を示す。しかし本作で復讐される者は、或る意味でシステムの被害者である。それでもシュワが許さないのは、無責任な振る舞いに対してであった。苦渋の決断などでは決してない。許すつもりのあった上での犯行である。憎しみの連鎖が止まるのは、自らの悪を押し留めることに成功した時ではない。相手の苦しみを分かった時である。相手が苦しんでいない限りは、殺し合いは続く。シュワは、地下プールの蓋を開けたのかもしれない。
 韓国では二〇一四年に発生したセウォル号惨事が長編映画になる。たとえば地下鉄サリン事件をやれよ、日本映画! 相模原市の一九人刺殺事件でなくとも、小保方晴子や舛添要一、猪瀬直樹、柔道界セクハラやAV出演強要問題、巨人の野球賭博、長谷川一夫以来続く芸能界、スポーツ界での移籍、独立を巡る暴力や契約問題など映画化すべき題材はいくらでもある。
 映画を観たから何だという意見もあるが、観ないからこうなったとも言える。
 人は死んでも記憶の中に生き続ける。逆に言うと、記憶した人間と共に消えていく。作品は、見た人間が死んでも残る。この文章も、そう思って私は書いている。
(Vシネ批評)






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