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評者◆睡蓮みどり
「悪夢のような」というにはなまぬるい――ポール・ヴァーホーヴェン監督『エル ELLE』、アマンダ・シェーネル監督『サーミの血』
No.3317 ・ 2017年09月02日




■夢なんてほとんど見ない。というひとが羨ましい。これはもう幼い頃からだったのだが、殆ど毎日のように夢を見る。それも悪夢を。決してスピリチュアルな話ではなく、こういうことはあるひとにはあるらしい。なのでそんなに驚くべき事柄ではないのだが、やっぱり実際になってみると、いまでもその度に驚く。
 先日もソファでうたた寝してしまった。すると、知人が横に来て私の手を握ってくる。長年知っているひとだった。灰色のパーカーの袖が微かに見える。指の感触で何となく誰だかわかったが、身体が動かないので声も出ないし、そのひとのほうを見ることもできない。眼球だけが微かに動いた。そのひとにはいろいろ思うところがあったので、単に私の過剰な意識が生み出したのだろう。悪夢が身体に染み付くというのは感じのいいものではない。感覚や声にリアリティがありすぎて、何というか、とても恐い。それでも悪夢を見るために寝直したりすることもある。そして悪夢の時に感じた感情が現実生活にも多少は影響する。基本的には悪夢なので、後味は当然悪い。

 あくまでも褒め言葉だということを強調したいが、イザベル・ユペール主演の『エル ELLE』は久しぶりに後味の悪い映画だった。身体にぞわぞわと残る感じ、とでもいうのか。『氷の微笑』のポール・ヴァーホーヴェンが監督で、あの『ベティ・ブルー/愛と激情の日々』のフィリップ・ディジャンが原作なのだから、恐ろしくならないわけがない。境界を越えて迫りくる、遠近感のない感じを映画で体験したのは久しぶりだった。音楽ではたまにあるのだが。
 自宅で覆面の男に襲われた主人公のミシェルが、周りの人間全員を疑いはじめ、徐々に犯人像に結びつけていこうとするのだが、そこにミシェル自身の本性があぶり出されてくるという筋立てではある。が、ミシェルの存在感によって、一応はストーリーがあるけどね、という不思議な余裕がこの作品全体に漂っていた。
 画面を観ながら、ずっと保っていた緊張感がブツンと切れたかと思うと、急に後ろから押し寄せてきたりする感じは非常にサラウンドな、感覚的な恐ろしさがつきまとう。ちょっとしたユーモアが妙に現実味を帯びていて余計に恐い。名優イザベル・ユペールの魔力はとても重要な要素だった。これまでも映画の中でいろんな彼女を観てきたし、ユペールだ、とわかっていても、それでも振り回されてしまう。ユペールの攻めてくるセクシーさを観てしまうと、他の役者でという想像はもはや何の意味もなくなる。本当に、全員アメリカ人キャストで撮ろうなんていう当初の目論見がうまくいかなくてよかった。

 アマンダ・シェーネル監督の『サーミの血』(9月16日より新宿武蔵野館、アップリンク渋谷他全国順次公開)は、まず、必見の一言。もともと監督名で観たいかどうかをかなり左右されるほうだった。迷うことなく、彼女の作品は公開されるたびに必ず観る監督のリストに入れざるをえない。主にトナカイ遊牧を業とし、少数先住民族であったサーミ人は、かつて差別され続けてきた。それゆえに、年配のサーミ人の多くはスウェーデン人として生きてきたという。本作の主人公エレ・マリャ(レーネ=セシリア・スパルロク)はサーミ人であることを捨て、クリスティーナと名前を変えて生きることを決断する。彼らが彼ら自身として本当の人生を送ることができたのか。それがひとつの主題であると監督は語る。言葉では追いつかないくらい、彼女が差別を受けるシーンは非常に痛ましい。故意にも、無意識にも、彼女たちがサーミ人であるというだけで傷つけようとする周囲。名前を変え、アイデンティティを否定し、家族と別れてまでもそこに居られなかったエレ・マリャの苦悩によって、悪夢のような歴史を知らされる。でもそれがこの世界で脈々と起こってきた現実なのだ。実地調査のためにやってきた人間たちに、身体を測定されたり、写真を撮られるシーンのあの屈辱を忘れられるはずがないだろう。フラッシュが鳴るたびに、彼女たちの魂が音を立てて傷つけられているのを目の当たりにした。また、レーネ=セシリア・スパルロクは、監督とともに東京国際映画祭でダブル受賞の快挙をとげた。とても映画初出演とは思えない。ほんの小さな差別意識、選民意識によって殺されるもの/殺すものがいるのだということを、今一度認識しなければならないように思う。
(女優)







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