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評者◆越田秀男
ズレ、乖離、分裂、閉塞、解放――震災2000日「依然として立ち往生し、ことばを創り出しかねている」
No.3305 ・ 2017年06月03日




■自我を獲得したホモサピエンスは、そのため自・我、彼・我のズレや乖離を背負うハメとなった。山下澄人の芥川賞受賞作『しんせかい』は、富良野塾が舞台という興味もあろうが、若者の自我の有り様、という角度からが味わい深い。たとえば夜中、〈ぼく〉の寝床にやってきて、ぼくを探す影は“ぼく”自身に違いない。以下、自我の競演。
 自我の分裂――『クジョウォカー』(間渡博寿美/照葉樹・11)。食品運営会社に勤める〈江越〉は、一時は地区担当営業統括部長にまで上り詰めたものの、いまや窓際の苦情処理担当。寄せられるメールから危ない内容をチェックする。ある女性の苦情が気に掛かり、自宅にまで訪ねて、収めた。ところがこの女、その後のメールで様々な店に様々な苦情を繰り返す。再度接触しなければと、連絡や訪問を重ねるも、つかまらない……やがて江越はストーカー行為でしょっ引かれた。
 閉ざされた自我――『日傘の女』(乾夏生/時空・44)。村では戦争帰りで体たらくな男と看做されていた〈直志〉が、妻の死に続く本人の死後、心に深い傷を負っていたことが明らかとなる。傍目と内実の落差。
 次の作品の落差は天国と地獄――『風よ海よ空よ』(泉ふみお/あるかいど・61)。渡嘉敷島を舞台に、小説の大半は楽園、桃源郷、西方浄土。ところが締めの段階で、わんぱく小僧の〈ショッチ〉がガジュマルの大木から落下したのをキッカケに、神憑りとなり、あの忌まわしい七十二年前の惨劇と、鎮まらない魂が蘇る。自我など用無しの楽園風景と自我を圧殺した地獄図絵の対比。
 老人の自我その1――『ゲイの島』(渡邊久美子/あらら・8)。瀬戸内海の小島で一人暮らしの〈ツタ〉、今年で九十歳に。娘らは母を引き取ろうとするが、島を離れる気は毛頭無い。ツタの行動を支えるのは骨董的乳母車のみ。そんな折、島起こしのイベントで、韓国から画家がやってくる。この青年との交流を通じてツタは活き活きとしはじめる。
 その2――『いたち』(谷垣京昇/せる・104)。八十の大台間近の生涯独身男〈浩平〉。ジョギングにも飽き自死という崇高な目標をたてる。ところが同じ町内の婦人と妙な縁で、老人サークルに誘われ、老人会の大嫌いな浩平、度々断ろうとするものの機会を逸して引き込まれていく。
 その3――『あと少しだけ』(土田真子/じゅん文学・91)。八十歳の〈すず子〉は、夫に先立たれ、子らも独立して独居老人。近くの公園の蓮の池の縁に佇んでいると、仙人のごとき出で立ちの老人が声をかけてきた。名は蓮野仙。仙老人は言う。二人ともほぼ満点の人生を生きたが、一点欠いている。人のためばかりの人生だったあなたと、自分のためばかりだった私、最後にそれぞれ逆の行いをして、満点にしてこの世を去るべし。両者合意に達する。ところが自分のために生き始めたすず子は活き活きとしはじめ“あと少しだけ”と約束を反故にする。
 三作ともハッピーエンドだが、現実の“第三の人生”はままならない。
 企業戦士の自我――『オブジェ』(桑田靖子/たまゆら・106)。〈澪子〉の夫〈伸行〉は三十年間勤めた会社の経営が危うくなり自らに肩たたきをするハメに。退職後、就活をするでもない夫に、教師の職にある澪子は、彼女なりに夫の立場を理解し寛容に対応した。ところが離職後数か月過ぎたある日夫が出奔した。出奔は〈埋め立て地から呼び戻された物体によるアート〉に魅せられてのことであった。まさに伸行は産業廃棄物の如き存在であり、廃棄物アートはその再生を願う象徴ともなる。
 かつてのゴミの島、“夢の島”は蠅の大量発生や大火災発生など騒ぎを引きおこしたが、いまや土に還す技術・体制は進んでいるようだ。しかし、土に還らない土もある。
線量計持たず管理区に入りしと言ふ友は病名なきままに逝く(佐藤祐禎)
 「現代短歌」は四月号で「震災二〇〇〇日」の特集を組んだ。来嶋靖生は右の歌など生々しい有様をうつす作品を紹介しつつ、短歌の可能性を論じた。また河北新報「河北歌壇」選者の佐藤道雅は、震災後五月に再開した歌壇への投稿歌が「津波の押し寄せる如き」に噴出したことを報告。しかしそれは短歌形式に支えられて、一過的に吐き出されたものにすぎず、「依然として立ち往生し、ことばを創り出しかねている」と、「沈黙の部分」が重い澱のごときに存在することを指摘した。
(「風の森」同人)






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