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評者◆添田馨
“被災”以後の世界で――座談会「今、詩に求めるもの、求められるもの」(『樹林』)が浮き彫りにしたこと
No.3062 ・ 2012年05月19日




 震災後一年以上が経過し、ひとつはっきり判ったことがある。それは、言葉の世界においてもあの震災に被災した者と、そうではなかった者とがいる事実だ。地震と津波、それに続く原子力災害を全部含めて私は“震災”と呼んでいるのだが、無論、被災したかどうかの有無は、その人の居住地や体験した地震震度の大きさなどとも、直接の関係はない。被災者とそうでない者との区分けは、いわばクリティカルな尺度によるものであり、意識の最深層における心的な外傷の有無に起因する。だから、それはあくまで語られたその本人の言葉から読み取る以外にない。
 『樹林』(2012・2/冬・大阪文学学校)掲載の座談会「今、詩に求めるもの、求められるもの」(金時鐘、倉橋健一、小池昌代、坪内稔典)は、参加者間のそうした断層がはからずも浮き彫りにされた内容で、とりわけ印象に残ったものである。のっけから「三・一一以来、日本や世界が変わった」などという発言は「嘘っぱち」だと言い、文学表現のベースをあくまで不易なものの中に見据える構えを崩さない坪内稔典は、被災しなかった側をそこで代表している。これに対して、「今度の東北関東大震災ではじめて自分が当事者だという感覚」になったと語りだしている小池昌代は、ここでは被災した側の発言をみずから一貫させていて、好対照だ。
 小池は「今まで読んできた、あるいは自分が書いてきたものが全部白紙になって、初期化されて、またゼロからだという感じになった」と述べた後で「野蛮で力強い言葉を読みたい」のだとも言っている。「そこに何か強烈な……現実を取り込んだ上で、ものすごく激しく夢見た虚構」あるいは「現実と対峙しながら、何かその先に行く」ような言葉を自分は読みたいのだ、とも。
 これらは、実は私がながいこと戦後の現代詩のなかに求め続けてきたものと、まったく重なり合うではないか。そして「戦後詩」のなかに自分がこれまで読み取ってきた原理の実質部分にも、そのまま通底する感覚ではないか。単なるこれは揺り戻しの現象なのか。それとも、新しい現実が私たちを取り巻いたその結果なのか。“被災”以後の世界は、いずれにしろ、もうすでに始まっている。
(詩人・批評家)






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