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評者◆秋竜山
「私も、こんなにハゲました」、の巻
No.3289 ・ 2017年02月04日




■昔の親は子に、「笑われるような人間になってはいけない」と、いった。誰に。人間に決まってるだろう。動物は笑ったりしない。笑うのは人間だけだ。と、思っていたのだが、もしかすると動物も心の中で笑っているかもしれない。人間より怖い。昔の武士だったら、人さまに笑われたことで、切腹するくらいだったろう。今の時代、そんなことしたら、笑われてしまうだろう。笑われるということがなんともなくなってしまった。テレビで、頭を下げて笑われている人たちは、みんな偉い人たちのようだ。自分の頭のてっぺんのハゲを見せっこしているようだ。そんなハゲ頭など見たくもないが、あのテレビのハゲ頭を見せつけられるお詫び画面は実にフユカイである。「どーも、すみませんでした」と、みんなハゲ頭を見せながらいう。あの、「どーも、すみませんでした」という言葉をいうことになんとも感じなくなってしまっているから、簡単に頭のてっぺんをチンレツしてしまうのである。考えものだ。そこで、言葉をかえてみたらどうだろうか。そのかえた言葉を口にする。「私も、こんなにハゲました」なんてのはどーだろうか。
 山岸弘子『一目置かれる 大和言葉の言いまわし』(宝島SUGOI文庫、本体五八〇円)では、〈お詫びの心を伝える大和言葉〉という章がある。大和言葉であやまるとよいという。〈申し訳ないという気持ちを伝えるためには、言葉の選び方が大切です。謝り方を間違えて、より相手を怒らせることのないように注意しましょう。〉ということだ。ハゲ頭を見せながら大和言葉であやまればよいのだろうか。本書でいうように大和言葉でお詫びすれば、されるほうはいい気分になってしまうだろう。〈「私が浅はかでした。申し訳ありません」〉と、いいながら頭を下げて、みごとなハゲ頭をみせる、というのはどーだろうか。〈「合わせる顔がありません」〉と、いうのがあるが、「合わせるハゲ頭がありません」というべきか。〈「お恥ずかしい限りです」〉と、いう大和言葉がある。何がお恥ずかしいのか。やっぱり頭のてっぺんか。〈「平に謝るしか方法はありません」〉と、いうのもある。まさに、ハゲ頭を見せるしか方法がありません、ということかもしれない。〈「私の不徳のいたすところです」〉と、いうのもあったりする。〈自分より目下の人が起こした失態に対して「私の不徳のいたすところと、猛省しております」と代わりに謝罪するときに多く使われ(略)〉と、いうのも、これも大和言葉か。〈「申し開きもできません」〉と、いう大和言葉。同じような表現として、「弁解の余地もございません」という言い方があるという。たしか、「弁解の余地もない」かもしれない。テレビで頭を下げるということは、一種のガスぬきか。テレビでガスをぬかれては、こっちがたまったものではない。ハゲ頭のことばかりいったが、これは差別か。みせられるほうもハゲでいたりするものだ。トシをとれば誰でもハゲる。そのハゲぐあいをテレビで見せるか見せないかである。せっかくハゲた頭だ。年とったクンショウでもある。見せかたが問題であるから、堂々とおがませてあげたいものである。






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