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評者◆東野徳明(みどり書房桑野店、福島県郡山市)
この世界に住んでみたいけど、今じゃなく。岡田剛著『十三番目の王子』(本体1800円・東京創元社)
No.3120 ・ 2013年07月27日




 物語の中で出会った、忘れ難い言葉や、想い出すだけで心が震えるエピソードが、記憶の中にいっぱいある。
 大好きな本をひさびさに読み返すと、記憶の中にある言葉もエピソードも見つからない、ということは度々あるので最近は驚かない。
 刺激的な物語は、読者の心の中で分岐し増殖してゆく。僕の心の中でだけ書き継がれた物語の枝葉も、その物語が与えてくれたものだから、その物語の魅力が減じることはない。一冊読めば、何冊も読んだことになるのだから。一冊だけどシリーズ、みたいな。
 岡田剛の『十三番目の王子』の帯に「新鋭」とあるが、十年選手である。それでも新鋭という呼称が似合うのは、残してきたものよりこれからの可能性が遥かに大きいと感じさせるからだろう。
 「年間ベストクラス」という評言に出会ってこの本を手に取ったのだが、それ以上と感じた。豊饒である。百設定して十を描くような奥行きがある。風雨にさらされ色褪せて撓んだ世界。物語をよぎってゆく端役たちが、想像力を刺激する。怖ろしくも愛くるしい暗殺者の少女の、いちばんしあわせな記憶。ねじくれたカリスマを発散する大司教の住む部屋、見る夢。複雑さが素直である地形官の読書傾向。そんな文面には書かれていないことに想いが勝手に馳せてゆく。どんどん膨らむ。でも書かれていないことまで読んでおきながら、読了してなお半分も読めていない。
 主人公格が三人。知性においても剣技においても天才肌で、理想のためには手段を選ばず、切れ者という形容がぴったりの外貌の内側に、癒えない心の傷を秘めたソロー。女性ながら卓越した剣技を持ち、慣例を踏み越えて騎士を目指す、熱い心が強さでもあり弱さでもあるエネミア。自由で、しきたりに縛られず、伝説的な存在なのに力を誇示することはなく、民衆に虐げられている被差別階層の集落にも、口笛を吹きながら入ってゆき、娼婦を恋人に持つゼン。ある種定型的なこの三人は、それぞれに宿命に直面し、それを越えてゆこうとする。しかし一筋縄ではいかない。一般的なファンタジーの書き手なら、たとえばゼンをもっと飄々と描くだろう。重苦しい物語の一服の清涼剤として、あるいは固陋な伝統に風穴を開ける存在として、軽いフットワークで困難を回避してゆくだろう。ところがそうはならない。ゼンの型破りな行動力は、軽率さとして浅慮として彼自身の首を絞め、大切な人を窮地に陥れる。
 彼らの人生は、物語のようには甘くない。紙面から涙が滲み血が流れ落ちるようなファンタジー。ファンタジーが動揺するようなファンタジー。人物造型が卓越しているがゆえ、苦悩が焦燥が悲哀が絶望が心をさいなんで、耐えられない。
 感情移入を抑制して、上っ面だけ読み通した。この街にいつか住みたいなと思いながら通りすがる旅人のように。いつかまた読もう。もっと元気なときに、心して読み返そう。上っ面だけさらっと読んでも傑作ですけど。
 読むだけでこれだけ傷むものを、書く側の傷みはいかばかりか。作風が似ているわけではないが、想い出す。チャンドラー、トウェイン、ヘミングウェイ。みずから紡ぎ出したものに侵されていった人たち。作者のご健勝をお祈りする。
 とはいえ、絶望の反動形成みたいな軽妙さがない分、かの三人より健勝なのかもしれない。いつか反動形成ではない軽妙さに突き抜けて、轟音とともに飛び立ってみせてくれないかな。






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