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評者◆越田秀男
大学を退職した主人公を描く、井本元義の小説(「海」)――山毛欅と桂の景色を通じて言葉を超えた関係を生みだす(「裸人」)、戦争孤児をテーマとした複数の作品も目を引く
No.3267 ・ 2016年08月13日




■団塊の世代の筆頭が来年古希を迎える。今年六月の日本の人口概算値では、団塊世代を包む六五~六九歳の層は一〇二二万人。一方〇~四歳は五一七万人。なんとも歪。爺捨婆捨施設が足らないのはさておき、約半分しかない貧塊の保育施設が不足とは……。団塊が千の風となり霧消するにはいましばらくの時間が。このしばらくの間が小説のテーマに。
 「星と花 R共和国奇譚」(井本元義/海第16号)。主人公は既に大学を退職し、体・性・財いずれもまだ余力があるものの、千の風への想念が棲みつく。そんな折、ヒマラヤの国、R共和国大使館から、ペルセウス座流星群および巨大食虫花見学ツアーの案内状が届く。R国は大学教員時代の研究テーマ。若い頃、大使館を通じて最先端冷凍庫の商談があり仲介した経緯がある。ふと、少年期のVITA SEXUALIS、お手伝いさんとウツボカズラの思い出が蘇ってきた。行ってみるか。実はR国は冷凍庫導入をキッカケに食肉輸出と臓器移植先進国になっており、そのお礼方々の誘いなのであった。R国の湖と夜景は超絶景であった。しかし主人公は体調を崩す。しかも鳥葬の見学がいけなかった。病院の床で幻覚に襲われる。この病院は巨大食虫花なのか? いやこのまま溶け入ってもかまわない。母胎回帰の幻影だ。
 人間関係のしがらみはウンザリ、でもこんな関係なら――「山毛欅と桂と」(金山嘉城/裸人30号)。金沢で開かれている読書会にちょっと厚かましい感じの男が加わってきた。しかし山毛欅と桂の景色を通じて言葉を超えた関係が。ラストシーン――勉強会後の金沢駅でのいつもの別れなのに、男はプラットホームにたむろしていた女学生を洗脳して万歳三唱で主人公を見送った。オヤジギャグ! いや男の目に涙が。少し前、闘病中の妻が死に、能登半島の先に浮かぶ舳倉島に舟を出し、散骨を終えたばかりなのであった。
 戦争体験世代を主人公にした力作、特に戦災孤児をテーマとした複数の作品が目を引いた。
 「うぶすな参り」(長沢とし子/サボテン通り16号)。山の頂の底深き穴から生まれた石の神が二つに割けて、二人の老婆にそれぞれ拾われる。戦災孤児の老婆と親に捨てられた少年がこの石の神の導きで交差する。交点はオレオレ詐欺。様々な資料を上手にコーディネートして、戦争の修羅と現代の闇を突き合わせた佳作だ。老婆の死と若者の生とが円環する。
 「象のいた森」(宇佐見宏子/海・第93号)。主人公が単身疎開中に母や家が空襲で消え去り、埋められない欠落を抱えて生きる。タイトルにある森は家族の住んでいた家に隣接する森で、その後、母への思いを繋ぐ唯一の場所となった。象は、家の前の道路を森に向かう姿が主人公の脳裏に深く刻み込まれたもので、戦時のただならぬ状況を象徴している。
 「骨の記憶」(木澤千/九州文学第34号)は戦災孤児がどう生き抜いたか、平和呆けを揺さぶる。「須江山の登り窯入り口」と書かれた看板の前で毎日川の方を向いて立哨する独居老人。やがて施設に収容され、わずかな期間で死亡した。入所の際強く抵抗した。呆け老人のありふれた最期? 実は、主人公の少年期の重く哀しい体験に付随するワケありの仕草のリフレインであり、登り窯はかつての彼の生活の場であった。
 総務省の調査では、全国の空き家の総数(平成二〇年)は約757万戸で空き家率は一三%。そのうち個人住宅が約268万戸を占め、増加の一途とされる。同人誌の小説にもこれをテーマにした作品が複数みられた。「港の春」(坂本紀美子/佐賀文学33号)は、嬉野市、塩田津の町並み保存の取り組みを素材にした。港の閉鎖で寂れた町にある主人公の実家は、今は空家。祖父母は既になく、婿養子の父も死に、残された母は居蔵造りの古くて暗く広すぎる家を嫌いマンションに移り住んだ。しかし「重要伝統的建造物群保存地区」(伝建)に指定され町並みの整備が進み出すと母の想いに変化の兆し。主人公は街中散策ツアーに参加すると、古い家が多くのことを語りかけてきた。最近では空家再活用の報道も多い。しかしそれにも勝る廃屋の増大。
 以上を総括する短歌俳句を一首一句(季節第七号)。
 「残されたわが時間は知らね 死者生者 一杯の水みたす朝な朝」(「永遠なれ 戦後」管野美知子)。
 「炎天に 童となりし 母を引く」(「童となりし母」鹿田湯児)
(風の森同人)






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