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評者◆志村有弘
昭和35年の神戸を舞台に、優れた表現力を示す渡辺孔二の「通り道」(「播火」)――富山藩の廃仏毀釈を綴る佐多玲の力作歴史小説(「渤海」)
No.3250 ・ 2016年04月09日




■前回も書いたが、同人雑誌の存在意義を考える。同人雑誌の老舗「九州文學」が出発したのは昭和十三年。同人には岩下俊作・原田種夫・火野葦平・劉寒吉らがいた。火野は芥川賞を受賞し、長谷健は芥川賞を受賞した直後に自ら進んで同人となった。岩下は国民文学「無法松の一生」の作者。後に『まぼろしの邪馬台国』の宮崎康平も参加した。今も発行されており、同人の数は百余名という。芥川龍之介らの「新思潮」も梶井基次郎らの「青空」も島尾敏雄らの「こをろ」も同人雑誌であり、同人はそれを作品発表の舞台として飛翔していった。同人雑誌は、おのれの信ずる文学を書き得る場であり、そこに同人雑誌の存在意義がある。
 今回、現代小説では、渡辺孔二の「通り道」(播火第98号)の優れた描写力に感心した。語り手は甲南荘に住む次郎。初め、次郎の通る道に住む著名人の邸などを紹介する散歩小説かと思ったのだが、示されてゆく近代史の中の偉人たちに驚かされる。次郎は大学院に進むか商社に入るか迷っている。次郎のいる下宿に住む若い人たちには、記憶力抜群の男、東京大学に入るため四浪している男、変装好きの男等々。そうした風変わりな若者の風貌を描出している。昭和三十五年が作品の舞台。時に哲学的な描写もあるけれど、洒脱で上品なユーモアがある。優れた表現力は天性のものか。
 渡辺光昭の「オタタカショが啼いた夜」(仙台文学第87号)は、母が歌う子守歌を誤解したことから主人公の幼時よりの苦悶を綴る。兄の謎の死を盛り込んだり、人の心の闇を考えさせられる佳作。
 花島真樹子の「忘れられた部屋」(季刊遠近第59号)が面白い。九十五歳の女性が曾孫の婚約者に、モリスと結婚してフランスに渡ったものの、モリスは病死し、モリスの母に城の中に閉じ込められ、危ういところを助けてくれた宝石商と共に暮らす「波瀾万丈」の過去を語る内容。それが全て作り話であることが示される。作り話だと聞いて呆気に取られる婚約者の姿をも思い浮かべて楽しむ老女のしたたかさ。空襲で多くの死者が出たこと、戦争最大の犠牲者が子どもたちだという記述に野坂昭如の人生訓を想起する。巧みな構成と着想の鋭さ。文章も丁寧だ。
 加勢駿の青春小説「夏草の頃」(日曜作家第13号)は、七十歳を過ぎた老人が、高校一年のおりの中学三年の少女への一途な思いと別離を綴る。「還暦を過ぎて初めて書いた小説」で「青春の回想」と、末尾に記しているが、青春時の瑞々しさと悲しさを抒情的に歌い上げている。
 源つぐみの「記憶」(函館文学学校作品2016)は、語り手(明日香)の夫の不義事件後の自分の心裡を綴る。夫の相手である恵美(明日香の高校時代の同学年生)の魔性の人間像もよく描かれている。末尾の「記憶の中で、憎しみだけが抜け落ちてしまった」という文章にも示されているが、明日香の強靭な意志が印象的。読ませる短編。
 歴史小説では、佐多玲の「廃仏毀釈異聞―林太仲覚書―」(渤海第71号)が幕末の富山藩を舞台に藩を思う若き武士たちの姿と廃仏毀釈を遂行した林太仲の後悔の念を綴る。前半において家老を斬って潔く割腹した青年武士島田勝摩の姿が心に残る。後半はやや物語性から離れているが、林の代弁者とも思える立場で作品を展開。力作である。
 野沢薫子の時代小説「串茶屋 流れ町」(九州文學第556号)は、加賀の国を舞台に郭に身を沈めた女人の哀しい生涯を綴る。苦界に生きねばならなかった遊女の怨み。相思相愛であった男から家に帰ろうと言われるが、すでに病は身を冒し、投身して生涯を終える。女人の哀れさが読む者の肺腑を抉る。
 エッセイでは、「現代短歌」二〇一六年三月号が石川啄木生誕一三〇年を特集し、岡井隆が啄木秀歌一三〇首を選び、諸氏が啄木観を述べていて貴重。寺内邦夫が「島尾敏雄の私訳「つれづれ草」」・「露語科のステ公先生兄弟・兄は長崎・弟は神戸」を「タクラマカン」第54号に掲載。前者では島尾の訳文を「清明な文体」と言い、後者では長崎に亡命したステルンベルヒ兄弟を視座として、島尾との深い縁、寺内が島尾から直接聞いた話も記されていて貴重。
 詩では、菊田守の「コロッケ―二〇〇二年三月」(花第65号)が、弟の突然の死と人の世の儚さを綴る。弟が死ぬ前に買ったコロッケを警察が預かっている、というのも悲しい。また、同誌掲載菊田の「梨のつぶて」も詩人の寂寥と人に対する優しさが伝わってくるいい詩だ。
 短歌では、櫻田稔の「すつかん貧」と題する「銃後でもあれほど人が死んだのに後方支援で何が起こるか」・「ひきぎはを知らぬ人らに率ゐられ玉砕はする原爆は浴ぶ」(天慶第4号)に社会諷刺をこえた怨みさえ感じる。
 「歌と観照」第964号が岩見久子、「岩漿」第24号が森山俊英、「黒豹」第140号が諫川正臣、「日曜作家」第13号が槌野眞知子、「VIKING」第782号が清水幸義、「吉村昭研究」第33号が寺沢浩一の追悼号(含訃報)。ご冥福をお祈りしたい。なお、「黒豹」が終刊を迎えたが、同人諸氏の益々のご活躍、ご健筆をお祈りしたい。
(相模女子大学名誉教授)







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