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評者◆稲賀繁美
「器と中身」モデルから布状組織による転写モデルへ――知識の移転をめぐる異分野交流の実験より――ゲッティンゲンの会議から(3)
No.3230 ・ 2015年11月14日




■(承前)知識移転のモデルとして、ニッチ構造の可能性を暗喩として検討してきた。ここでビーヴァーのダムに戻ってみよう。木材を編んだダムは、この齧歯類が樹木を歯で切り倒し、それを素材に拵えた生態系ネットワークだった。その網の目は水流を完全には堰き止めず、あくまでダムの水量と流れだす流量とを適当に調整することを任務とする。ダムの木材のほうに実体を見るか、それともそこに貯蔵されつつ絶えず流出する水の側に実体をみるべきなのか。だがそのいずれも、ビーヴァーの営みを正確に理解したものとは言えまい。
 器と内容といった発想は、ビーヴァーのダムを理解するモデルとしては、不適切である。かつてその不適切さを科学哲学者のカール・ポパーは「バケツ理論」と揶揄したはずだ。それに代わって、ここでは「ザル理論」を提唱してみたい。適当に中身が漏れる粗雑なモデル、という自嘲を込めた言葉だが、それだけではない。知識一般の形状、さらに知識の移転を語る場合、我々は無意識のうちにバケツ状のモデルに頼りがちだ。むしろネットワーク、ウェッブという比喩の可能性をさらに突き詰める必要がありはしないか。それもネットを形成する素材にばかり注目するのではく、むしろネットの穴、ウェッブの隙間に着目したい。
 ウェッブやネットとは、布を織りあげる構造を指す。布とは自己に固有な形はもたず、寄り添う相手に応じて可塑性を発揮し、文脈によって自在に形状を変える。相手次第に柔軟に対応しつつ、相手に密着してその形態を模倣しつつ、その機能を転写する。ここには、堅固な固体による機械論的モデルとは異質な、「覆い」の浸潤型モデルがある。
 さらに、布を構成する織り糸は、ダブルコイルを内蔵した構造体であり、これはDNAの二重螺旋同様、膨大な長さを畳み込んで、情報をきわめて能率的に圧縮する特質を帯びている。そして縦糸と横糸を交叉させる織物を織る機とは、現代のコンピューターの二進法の原理を具現した、ヒトによる原初の高度な技術だった。糸の組み合わせによって抽象的なパターンが「発現」し、それが言語的な「発言」をも置換してゆく。こうしたデジタルdigitalの思考は、この10本指digitusによる機織りから生まれ落ちたといって過言ではない。
 それなのに布という存在には、思考のモデルとして、ながらく低い地位しか与えられてこなかった。ここにも理念による「形」(エイドス)とそれを充填する物質(ヒュレー)というプラトン主義の残滓がある。この二元論を補完すべく、アリストテレスは形態素(モルフェー)を提唱したが、ここでも布的webは不定形amorphousなものとされ、存在論的な劣勢を強いられてきた。とすれば、電子のwebやinternetが発展を遂げつつある現代は、古代希臘以来の価値観を根底から問い直すべき時代を迎えていることになる。
 グーグルの有効検索件数の頻度(マルコフ連鎖)から、さまざまな学術分野の遠近や密接性を測定するマップが提唱されている。インディアナ大学のボーレンたちが発表した「学術地図」である(赤木昭三「21世紀のための教養:学術の連環」、金子務・鈴木貞美(編)『エネルギーを考える:学の融合と拡散』作品社)。そこには現今の学術の相互依存関係が地図として示されている。はたしてこのネット状の写像構造と、ヒトの大脳皮質で営まれるニューロンのニッチュ構造とには、いかなるトポロジカルな相似性が認められるのか。はたしてそこには近未来の大脳進化のプログラムを予測する網状のモデルが浮かび上がるのだろうか。

*Knowledge Transfer across Borders:Integrative Approaches,
14‐16 Jan, 2015, Old Observatory,Gottingen,A German‐Japan Colloquium, JSPS Bonn Officeでの発言より。
この項終わり







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