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評者◆梁英聖
「ヘイトスピーチはジェノサイドにつながる」を実践的教訓とするために(上)――関東大震災時の朝鮮人虐殺から学ぶべき、国家による差別煽動の効果
No.3210 ・ 2015年06月13日




■ヘイトスピーチはジェノサイドにつながる――。遂にこの警句がある切実さをもって、一部の市民によって叫ばれ始めた。言うまでもなく排外主義的街宣が頻発しているためである。注目すべきは右の警句が、九〇年以上前の関東大震災時の朝鮮人虐殺(以下、朝鮮人虐殺)の歴史的記憶を想起し、必要な教訓を学び取ろうとする形で言われはじめた点だ。これはあまりにも遅すぎた。だがそれでも肯定的な変化ではある。
 だからこそ右の警句は決して形式的・抽象的スローガンに終わらせてはならない。なぜならヘイトスピーチは無条件にジェノサイドに結びつくわけではないからだ。一九二三年の朝鮮人虐殺から私たちが学ぶべきは、「朝鮮人が暴動を起こした」「朝鮮人が井戸に毒を投げた」等のヘイトスピーチがジェノサイドに結びついたという歴史的事実だけではない。流言に過ぎないヘイトスピーチがなぜ・どのようにして庶民を虐殺に駆り立てたのか。この問いの解を引き出せねば、朝鮮人虐殺の歴史的記憶を実践的教訓――ヘイトクライムとジェノサイド防止――として役立てることはできまい。
 まず虐殺の具体的状況を姜徳相著『関東大震災・虐殺の記憶』(青丘文化社)から引用したい。

 二日の朝〔引用者略〕八時頃〔略〕白髭橋へ行って見た。両側のランカンには向う鉢巻に日本刀、竹槍、猟銃などを持った人びとが避難者へスルドイ目を向け『帽子を取れ』と怒鳴っている。『彼奴が怪しい』『なるほど奴の後頭部は絶壁だ』〔略〕『ガギグゲゴをいってみろ』『問答無用だ、殺って仕舞え』『ヤレヤレ』一同騒然とした。白服をよごし、半焼けの帽子にあごひもをかけた左手に繃帯をしている巡査が来た。白サヤの日本刀を持った四〇年輩の遊人風の男がこの巡査に近づき、『旦那こ奴朝鮮の太い野郎です。殺ってもいいでしょう』巡査はやれともやるなともいわず、疲れ切った顔で避難民と一緒に行き過ぎた。号泣する例の男に取って返した遊人風が『それやって仕舞え』というと、三、四人の与太公が竹槍でこの男の腹を突いたが、手がすべって与太公は橋のらんかんにいやというほど顔をぶつけた。白サヤの日本刀氏がへっぺり腰で男のみけんに切りつけた……半殺しのこの男を二、三人の若者が隅田川へ投げ込んだ。付近の自警団員が声をそろえて『万才万才』と叫んでいる。夜半から不思議な万才万才という声の正体がやっと判った。万才の声から推察して、二、三〇人の人びとが虐殺されたのだろう……(一五〇~一頁〔和智正孝の証言『民族の棘』から重引〕)

 庶民が難儀しながらも、それでも集団の力を借りて、殺害に及ぶ光景がよく描かれている。

 八日 〔略〕又鮮人を貰ひに行く九時頃に至り二人貰ってくる都合五人(ナギノ原山番ノ墓場の有場所)へ穴を掘り座せて首を切る事に決定。第一番邦光スパリと見事に首が切れた。第二番啓次ボクリと是は中バしか切れぬ。第三番高治首の皮が少し残った。第四番光雄、邦光の切った刀で見事コロリと行った。第五番 吉之助力足らず中バしか切れぬ二太刀切。穴の中に入れて埋め仕舞ふ皆労れたらしく皆其處此處に寝て居る夜になるとまた各持場の警戒線に付く。(二一二頁〔『関東大震災と朝鮮人』より重引〕)

 誰に見せる目的もない「日記」という私的な記録媒体に虚飾ない文体で書きつけられているだけに、市井の庶民が朝鮮人の首を順番に刎ねたのだということ――日記には腕や刀の良しあしへの関心は見出せても、著者の躊躇いや迷いを見出すことができない――の苦い事実が、否定したくとも否定できない形で刻まれている。
 よく「六〇〇〇名以上」の虐殺と言われるがジェノサイドは量の問題ではない。右のような庶民が加担した個々の虐殺が相当数集積した結果である。ましてや当時関東一円の朝鮮人数が多くて二万ほどに過ぎなかったという事実は、ジェノサイドの質と量のすさまじさを私たちにつきつける。
 なぜこのようなジェノサイドが起きたのか。作家中西伊之助は当時、朝鮮人虐殺で自警団が積極的に加担した理由に関連して次のように語っている。

 私は寡聞にして、未だ朝鮮国土の秀麗、芸術の善美、民情の優雅を紹介報道した記事を見たことは殆んどないと云っていいのであります。そして爆弾、短銃、襲撃、殺傷、――あらゆる戦慄すべき文字を羅列して、所謂不逞鮮人――の不法行動を報道しています。それも新聞記者の事あれかしの誇張的な筆法をもって〔略〕この日常の記事を読んだならば、朝鮮とは山賊の住む国であつて朝鮮人とは猛虎のたぐいの如く考へられる(四頁〔一九二三年『婦人公論』より重引〕)

 中西は庶民のレイシズムがジェノサイドの要因になったことを適切に指摘している。そもそも朝鮮植民地支配という暴力的他民族抑圧は宗主国のレイシズムなしに決して正当化できなかった。それは植民地支配を通じて煽られた。特に三一独立運動後は「不逞鮮人」等のヘイトスピーチがメディアで盛んに煽られていた。
 だが虐殺の要因を庶民のレイシズムだけに還元することはできない――そうでなければどうして他の時期に同様の虐殺が起きなかったのか。庶民のレイシズムを虐殺に結びつけた具体的条件こそ解明されねばならない。
 ポイントは国家の振る舞いにある。朝鮮人虐殺は国家がヘイトスピーチを組織して虐殺を煽動したが故に起きたジェノサイドだった。国家が差別・暴力・虐殺を煽動する場合には本当に「ヘイトスピーチはジェノサイドにつなが」ってしまう。これこそ今もっとも強調されるべき点だ。
(つづく)
(反レイシズム情報センター〔ARIC〕代表)







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