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評者◆野崎六助
前期を精密に跡づけることで風太郎の全体像が遂に降臨──エンターテインメントから見えてくる現代社会の諸相
山田風太郎・降臨――忍法帖と明治伝奇小説以前
野崎六助
ミステリで読む現代日本
野崎六助
No.3079 ・ 2012年09月22日




 およそ半年間で『ミステリで読む現代日本』『山田風太郎・降臨』を相次いで上梓した文芸評論家の野崎六助氏。共にミステリ論というだけでなく、東日本大震災の影響がそこかしこに感じられる。後者は「山田風太郎における反原発小説」という序章で始まり、前者は「「九・一一」から「三・一一」へ」という章で締めくくられるのだ。
 「三・一一は当初、外そうと思っていました。あまりにも生々しく、性急に取り組んでもまとまりがつかないと思ったからです。しかし00年代のミステリがどこに向かおうとしているのかを考えるには、それを含めたほうが、見通しが立つと思いました。阪神・淡路大震災のときは、少し遅れてそれをそのまま題材にしたミステリが出てきました。今回も同じように、三・一一以後の半年間で異常なほどブームになった言説とは違う、もっと根源的なものが出てくるでしょう。期待はしておきます」。エンターテインメントとしてのミステリも、野崎氏の手にかかると、確かに〈現代日本〉が見えてくるところが読みどころだ。
 一方の『山田風太郎・降臨』については、こう話す。
 「こちらでは戦後の一五年くらいの時代を切り取ろうと。いろいろな作家を選ぶ中で山田風太郎と松本清張は外せないと思っていたのですが、しかしなかなか焦点が合わなかった。風太郎を読み返していたら、これ一冊でやったほうがはっきりすると固まってきた。その意味では、偶然の所産です。平岡(正明)さんが亡くなったとき(二〇〇九年七月九日没)、いつか自分も書かないといけない作家論だったと気づいてはいました。しかし編集者から「風太郎どうですか?」と言われた時、「できません」と言下に否定した。それは平岡さんの『風太郎はこう読め――山田風太郎全体論』以上のことは書けないと思っていたからです。しかし書き終わってみると、一冊にするだけの問題性をはらんだ作家であったことがよく分かりましたし、最終的に、『風太郎はこう読め』を打ち破れたかなと思う。書く必然性はあるにはあった」
 「忍法帖と明治伝奇小説以前」が副題だが、風太郎の活動前期の探偵小説だけを選ぶことで、以前/以後の形成過程を丁寧に論じている。
 「探偵小説をなぜ書かなくなったのか。一言でいえば、才能のありすぎる人は自分の才能にあきてしまうということかな。転機が、時代の分かれ目だった高度成長期の一九六〇年頃に重なった。同世代の多くが死に直面したという戦中派の死生観と、自分固有のテーマを盛り込んだミステリとが衝突した。ミステリから離れていかざるを得なかった」
 そのキーワードは「さようなら」である。
 「前期と後期とでは、はっきりと変質しています。前期は青春と「さようなら」が、色濃く絡み合っている。本に書いたのはその部分で、見つけやすかった箇所です。母性思慕と独特の女性観もそうです。風太郎の探偵小説時代は基本的に青春文学です。蒼くて硬い。それに対して後期の「さようなら」は、もっと屈折していて見えにくい。そこまで踏みこむと、一冊に収まりきれないので割愛しました。後期の作品は、老人にしか書けない「老人文学」という未踏のジャンルにまで迫っていると思います。文学は青年のものだという考えは一般的です。老人になると大抵の作家は衰える。創作力の枯渇と比例して、おしゃべりになり、格好が悪い(笑)。そういう老醜と妄執の歪んだ世界を凝視すると面白いはずなのですが。年を取っても一貫して書いている人はすごく少ない。日本では谷崎潤一郎と風太郎くらいです。風太郎は完璧に谷崎タイプの作家です。老人的なレンズで屈折した、後期風太郎の「さようなら」へのこだわりは、ゆっくりと鑑賞してみる値打ちがありそうです。今後の課題としておきます」
 風太郎礼賛に偏ることなく、一定の距離を置いた記述が、「降臨」を導いたと言ってよい。
 「礼賛するつもりは最初からなかった。といって、批判的作家論なんてつまらない。どちらも芸がありません。ただ風太郎に対しては、非常に好きな作品がある一方で、二度とさわりたくない嫌悪感の強い作品も結構ある。両極端に分かれてしまうような反応を起こさせる書き手は珍しいです。贔屓の作家なら駄作でも「許す」みたいな心理はよくあるでしょう。谷崎なら、どんな書き損ないの作品であっても、崇拝の念は変わりません。風太郎の場合、困ったことに、徹底的に忌避したい一群の作品があるわけです」
 「風太郎は、理解されていない作家だと改めて思いました」と言う。人気作家でありながら、その全貌がつかめていなかった風太郎。本書の登場により、私たちはようやく核心に迫ることができるようになった。
 「初めて全体像に近いものが提示できたという手ごたえはあります。前期の活動を精密に跡づけるという方法が成功したと思います。あとは、個人的にいえば、平岡さんに対するオマージュをこめた「批判」を捧げることができた。亡くなってしまった後ですが、こちらとしての心残りは一つ果たせたようです」

▲野崎六助(のざき・ろくすけ)氏=1947年東京都生まれ。ミステリ作家、文芸評論家。著書に『ミステリを書く! 10のステップ』(東京創元社)、『アメリカを読むミステリ100冊』『これがミステリガイドだ!』(共に毎日新聞社)、『日本探偵小説論』(水声社)ほか多数。







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