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評者◆中土居一輝(谷島屋 浜松本店)
非常に歪んだ変態的な女性の極上の青春小説
透明人間は204号室の夢を見る
奥田亜希子
No.3209 ・ 2015年06月06日




■かつて小沢健二は、「愛し愛されて生きるのさ」の歌詞で、“月が輝く夜空が待ってる夕べさ 突然ほんのちょっと誰かに会いたくなるのさ そんな言い訳を用意して 君の住む部屋へと急ぐ”と歌っていた。これをはじめとする小沢健二が送り出すゾクゾクするほど恋愛の本質を突いてくる歌の数々に、ボクたちは酔いしれて家族や友人、恋人と愛し愛されて生きてきた。楽しいことや悲しいこと、ときには死んでしまいたくなるくらい落ち込んだこともあるが、不惑を過ぎたいまとなっては、どれもいい思い出ばかり。
 これから紹介する『透明人間は204号室の夢を見る』の主人公・実緒は果たしていい思い出と振り返ることができるだろうか? あの有名なハヤカワ文庫のSF小説っぽいタイトルではありますが、これは非常に歪んだ変態的な女性の極上の青春小説です。
 ペンネーム「佐原澪」として高校3年生のときに投稿した小説で、ある出版社の新人賞を受賞する。その当時は実緒が高校生だったこともあり、本好きのあいだではちょっとした話題になるが、その後文芸誌にいくつか書いた後は、スランプに陥ってしまいまったく書けなくなる。スーパーやドラッグストアでの棚卸しのアルバイトや、新人賞を受賞した時の編集者から紹介された、月に数本の旅行雑誌のライターをして生活をしている。それ以外は、SNSや書評サイトでのエゴサーチと、自分のデビュー作が置いてある唯一の大型書店で、だれかがその本に手を伸ばすのを見守っている日々を送っている。そこで、購入にはいたらなかったが、たまたま手にとった男性を実緒は“このまま彼と別れてはいけないと思った”。そして、彼の後をつけてマンションの位置を特定し、「千田春臣」という名前を知る。その後、とあるきっかけから春臣の彼女・いづみと出会い、また春臣とも3人で食事をしたりするようになっていく。
 このタイトルにある“透明人間”というのは、実緒自身のこと。といってもSFや怪奇小説にあるような、体がまったく見えずに包帯で全身をぐるぐる巻きにするような透明人間ではない。実緒・澪という存在自体が透明人間なのだ。子供の頃から喜怒哀楽がつかみにくく、無口で相手の言葉を額面通りに受け止めてしまい、コミュニケーションをうまくとれない実緒は、放課後も土日も夏休みも、ずっと本を読んで過ごしていた。そんな彼女が生きていく術としているのが、実現不可能なことを想像すること。細かな設定までした想像は、経験したことと同じこと。そうして、突然ほんのちょっと会いたくなると、透明人間として春臣のマンションをたずね、部屋の中での春臣の生活を妄想していく。
 自分の妄想の中で生きてきた実緒が、春臣やいづみを通して成長していく青春小説ではまったくありません。実緒の痛々しいエピソードや、思考に負の部分が多すぎ、けっして明るい話ではありません。けれど、ラストに至る衝撃の展開を読み終えた後には、まちがいなく実緒から勇気や生きていく気力を与えられていることに気がつきます。
 こじらせ女子とアイドルオタクの恋愛小説「左目に映る星」で第37回すばる文学賞を受賞しデビューした奥田亜希子さん。発売中の「すばる6月号」に掲載されている「午前四時の肌」もまた前向きになれる話です。そのほか「小説新潮」などにも掲載されています。これからがとても楽しみです。







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