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評者◆内堀弘
無用な日々を忙しく――『油うる日々』(目時美穂)が描いた戸川残花
油うる日々――明治の文人 戸川残花の生き方
目時美穂
No.3209 ・ 2015年06月06日




■古書店主某月某日。『油うる日々――明治の文人 戸川残花の生き方』(芸術新聞社)を読んだ。著者の目時美穂さんは、以前『彷書月刊』のスタッフだった。古書に関わるリトルマガジンで、一九八五年に若手古本屋が立ち上げた。私もその一人だった。なないろ文庫の田村治芳さんが最後まで編集人を続け、二〇一〇年の秋に三百号で終わる。彼女はその最後を支えた。田村さんは根気だけはある人で、でも編集のセンスや、ましてや経営能力があったわけではない。
 いま、洒落た雑誌が「古本屋」を特集するけれど、そんなことが想像もできない頃に、この小さな雑誌の周りには、一円の得にもならないことを承知で古本屋や書き手たちが集まった。坪内祐三さん、山口昌男さん、河内紀さん、寺島珠雄さん、小沢信男さん、出久根達郎さん、浅生ハルミンさん(彼女はなないろ文庫のバイトだった)、そして心優しき古本屋たち。赤字しか生まない小さな雑誌は、でも不思議なネットワークを広げていく。『油うる日々』を読んでいたら、それが無性に懐かしく思い出された。
 戸川残花は旧幕臣で、彰義隊に参加した(それは伝説らしいが、つまり敗け組である)。明治の新しい世になると残花はキリスト教徒として奔走する。北村透谷らと文学雑誌を発行する。『旧幕府』なるアーカイブな雑誌を作る。「たぬき会」というたぬきの名誉挽回の会を結成する。あげくの果てには牧師でありながら禅僧となった。新政府が近代化の坂を登ろうというとき、世の役にたたないところで、忙しく日々を送った。「(お祖父さんは)いろんなことに手を出しすぎたので、あまり偉くなれなかったのよ」というお祖母さんの回想が可笑しい。
 丁寧に資料を読み、戸川残花の愉快、覚悟、ふと見せる悲哀までを静かな筆致で描いた。この無用な(しかし豊かな)日々を、「油売る」だけでなく「油得る」ものとした。それがいい。
 『彷書月刊』も「油うる日々」だった。そう言えば自惚だろうか。でも、そもそも古本屋はそういうものでなかったか。
 小さな雑誌が終わり、田村さんが逝った。それからもう四年半が経つ。ゆめゆめ残花に重ねあわせようとは思わないが、それでも目時さん、「さすが『彷書月刊』育ち」とあなたに言いたくなる。







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