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評者◆秋竜山
ボロ辞書の思い出、の巻
No.3190 ・ 2015年01月17日




机の上には、使い切ったようなボロボロの辞書がある。今野真二『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書、本体七八〇円)を読む。ボロボロの辞書には、表紙などというものはなく、最初の数ページもずっと前からない。だからといって、不便することもないし、新調する気持はまったくない。これでよいと思っている。大げさかもしれないが長くつきあっていると、はなすわけにもいかなくなってしまうものだ。使えるまで使い切ることだ。
 〈現代出版されている国語辞書で最大の規模のものは「日本国語大辞典」第二版であろう。〉(本書より)
 私のボロ辞書がそれであるかは表紙がないので、何辞典なのかわからない。
 〈「広辞苑」が二二万部発行されている、というような話を耳にすることがある。発行されたからといってそれがすべて売れたことにはならないが、仮にすべて売れたとすれば、二二万人がこの辞書を購入して使っていることになる。〉(本書より)
 広辞苑といえば、あのブ厚くズンと重い辞書である。考えようによっては、このブ厚さこそ広辞苑の役わりをはたしているのではないだろうか。二二万人が、広辞苑を枕にして昼寝している姿を想像するのもたのしい。広辞苑は昼寝用の枕にするためにつくられた辞書であるだろう。だから、枕にしてどんどん昼寝すべきだ。辞書の一番理想的な姿としては、すばやくページをめくることができるということだ。
 〈辞書が不特定多数の人にむけて編まれ、販売されるようになったのは江戸時代からである。それまでの辞書はどんな辞書だったかといえば、自分が使うために自分がつくる、あるいはそのようにしてつくられた辞書を、自分の必要のために写すということがほとんどであった。〉(本書より)
 私の辞書の思い出というのは、それを使って勉強したというようなものは、思い出としてはうすい。ボロ辞書の場合は長い年月という時間がかかっていることだ。戦後まもなくの頃、近所のタバコ好きが、辞書をやぶって、それにタバコのきざみを巻きこんで紙タバコをつくって火をつけ、プカプカ吸ってケムリをはいていた。鼻からケムリさえだせばよかったのか。なんで辞書の紙なのかよくわからなかった。その紙タバコの一本をつくるのに、妙な形をした、おもちゃのような器械を指先でいじくるようにしてつくっていた。この器械を発明した人はタバコの歴史に名を残してもよいのではないだろうか。本書に、〈堂々巡り〉という項目がある。
 〈現代刊行されている国語辞書にも皆無であるとはいえないだろうが、その語Yを調べると「語Xに同じ」といった体の語義記述は極力避けられていると思われる。「言海」においては語釈に「~ニ同じ」と記されている見出し項目が案外と存在する。〉
ごみとり(名)塵取ニ同じ
ちりとり(名)・塵取・塵芥ヲ載セテ取棄ツル具。ゴミトリ。塵斗
 といったものである。このような堂々巡りが他にもいっぱいある。それを次々とひろってみると面白い。とはいうものの、そんな時間はない。広辞苑を枕にして寝る時間はいっぱいあるけど……ね。







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