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評者◆内藤千珠子
世界に対する異和を言語化する――物語の魂を言葉の上に現前させたかのような「石飛山祭」(石牟礼道子、『群像』)
No.3006 ・ 2011年03月19日




 物語の魂を言葉の上に現前させたかのような石牟礼道子「石飛山祭」(群像)は、一九六三年に執筆された未発表原稿を加筆修正した作品だという。現代小説のなかに並んでいるのを読むと、その存在感は圧倒的であった。三世代の瞽女たちを登場させる物語は、百歳を超えるかと思しき「婆さま」が語り手となり、「村に隠れた因縁」を身に受けた「おもや」という名の若い瞽女を主人公として紡がれる。
 雨乞いの人柱に選ばれかけたおもやは、儀式の最中に生娘ではないと明かす。生娘でなければ、人柱となる資格はない。生け贄には別の娘が選ばれ、おもやと契った男は処刑的な死を遂げる。儀式が終わったちょうどその時、水の権力を独占していた村の「お館」に火事が起こり、一家は全滅する。直後に大雨が降って、お館には「新しい館どの」が入り、一応の秩序は回復した。それから十年後、ふたたび日照りにあえぐ現在、語り手は瞽女たちの力をまとめ、雨乞いの儀式に際して命を失う可能性が高いおもやの赤子と、「お館どの」の赤子をすり替える。そしてその語り手こそ、十年前の火をおこした当人であることが判然としたところで、物語は閉じてゆく。
 語りや唄、集団的な声、村に共有された記憶や想像力など、複数の層が交錯したテクストにあって、「因縁」は語られる過程で別の審級に継がれていき、葛藤を起こし、女たちは命をつなぐ。奥行きと立体感を備えたこの作品を現代小説と直接対照するわけにはいかないが、物語の因縁が今もなお、意匠を変えて人の生を呪縛しているのは確かだろう。
 温又柔「母のくに」(すばる)は、言語がもつ歴史性が日常と地続きであることを示しつつ、日本語で書かれた物語を複数化しようとした好篇である。主人公は、「日本人と武士道の精神」を扱った映画を観て、日本人として誇りに思うという排他的な興奮を見せたかつての恋人に、ナショナルな物語をストレートに肯定する無邪気な暴力を読み取って激しく苛立ったことを思い返す。あるいは、台湾人の母と日本人の父をもつ自分が、中国語や台湾に興味をもつことが必然的だとみなされることに、窮屈な思いを感じずにはいられない。周囲の目線が「私」を形式的に決めつけるのを拒絶し、挑発的になる主人公を携えたテクストには、自然化された日本語の風景を異化する感性が埋め込まれているといえるだろう。ただし一方で、結婚式という場や、妊娠、出産をめぐるイメージの叙述を読むと、それらが無邪気な幸福感を纏っているように見えてしまう。性愛や家族観のレベルにあって世の中の規範とシンクロしてみせるテクストの論理は、主人公の苛立ちを裏切っているのではないか。
 今号で完結した金原ひとみ「マザーズ」(新潮)における先鋭的叙述を並べてみると、構図はより明確になるだろう。母をめぐる物語の暴力と対峙する「マザーズ」に描かれるのは、母となった女性の孤独や子どもへの憎悪、母の物語からはみ出すことを禁じる周囲からの圧力とそれへの違和感であり、子どもをもたない選択肢もありうる現在にあって、出産が喪失感と隣り合わせでもあるという状況である。母となった女の目線から、母の物語が苛烈に書き換えられていく。窒息しそうな世界に対する異和を言語化することによって、小説は逸脱を肯定する装置を作り出すのだ。
 一方、「若い女」や「女子大生」という記号のもつ意味を考察した横田創「トンちゃんをお願い」(すばる)には、二人の大学生が登場する。月に三万円で生活する地味な「トンちゃん」と、その友人の「ゆうな」は、対照的な存在だ。ゆうなは「トンちゃんの憧れの位置を常にキープしている普通女子」であるが、実は彼女は、いつまでもセンスを欠き、あたかも意志の力で「女子大生」に同化しないようなトンちゃんの個性を羨んでいる。二人の目線を通して叙述されるのは、「東京の『女子大生』」という記号に同化するためには、経済的な余裕が必要だということであり、二人の間にははっきりと経済格差が横たわる。ゆうなと遊ぶお金に事欠くトンちゃんのお財布に、ゆうなは何度も、こっそりお金を入れる。サークルの合宿費を捻出できないトンちゃんは、あるときカフェで置き引きをしてしまい、それ以来、「泥棒さん」であることをやめられなくなる。二人ともそれぞれ、事態に気づきながらもそれを言葉にすることができず、行為と言語がずれてしまうことの果てに、滑稽で哀しい物語の結末が訪れる。ゆうなからほとばしった友情がトンちゃんを警察に拘束させる事態を招いた小説の末尾、二人の間には屈折しつつも喜びの感情が共有される。人を記号化する力に汚染された現代にあって、物語のその先に、記号に邪魔されない二人のかかわりを見取る言葉の地平こそ、物語の因縁を更新する小説が向かおうとする場所にほかなるまい。
(文芸批評)







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