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評者◆秋竜山
ゼツゼツボウボウ草ボウボウ、の巻
No.3182 ・ 2014年11月15日




■過疎化を深刻ぶっているうちはいい。そのうちに日本はそんなヒト事のようなボヤキもなくなってしまう。人間は慣れの動物であるから過疎地帯なんて、なんともなくなり、そんな中での生活が普通生活となるだろう。であるからして過疎化なんてちっとも心配ないだろう。過疎地帯とはどういうことかというと、雑草地帯ということだ。雑草とは、あの草茫茫という有り様のことだ。雑草県雑草郡雑草町大字雑草字雑草雑草番地と、いう地名で郵便が届くようになる。どのような村ですか、というと、草深い所ですとしか答えようがないだろう。そして、ヒトの頭にも雑草がはえていたりする。なんて考えながら斗鬼正一『頭が良くなる文化人類学』(光文社新書、本体七六〇円)を読む。雑草について、は丸ごと一冊の本にしても足りないくらいだろうが、本書では、そういうわけにもいかないだろう。それでも、まず最初に取り上げられていることは事の重大さを思ってのことだろうと思うと充分価値ある一冊だと思わざるを得ないのだ。
 〈それにしても雑草はなぜそんなに嫌われるのか?「雑草などという名の植物はない」というのは昭和天皇の名言だが、自然界に栽培植物と雑草の境界などというものは当然ながら存在しない。ある民族にとって食用鑑賞用などに有用と見なされた植物は栽培され、鑑賞され、そうでない植物が雑草にされてしまっただけのことだ。つまり、ある植物が雑草かどうかは文化による分類、評価の結果、つまり人が勝手に決めた境界にすぎない。〉(本書より)
 除草剤の発明は雑草のためにである。なにゆえに雑草はゴキブリの如く嫌われるのか。答えは簡単である。食べられないからだ。研究によって雑草が食べられるようになったその日から、雑草などと呼ばれなくなるだろう。政府は、雑草省なるものをもうけて対策をこうずれば、解決できる問題であると思う。雑草党なるものを国会におくり込むことだ。と、いっているこの瞬間にも空家がふえ続ける。老人問題よりも深刻であるはずだ。
 〈家の内部にも植物が繁茂、充満、庭も草ぼうぼう、雑草だらけ。これを見て、きれい、美しい、こんな家に住みたいという人はいない。でもたしか、都市にもっとみどりを、というのはみんなの常識、当たり前のはずだ。砂漠のような東京にもっと緑地を、公園を、街路樹をとみんな求めている。そんなにまでみどりが欲しいはずなのに、なぜ内部に植物が充満して、屋根や窓を突き破り、外にまであふれ出ているような家は、汚屋敷などと呼んで、嫌悪する。この家こそ、みどりあふれるすばらしい自然豊かな家、「手付かずの自然」のはずなのに、なぜか嫌うのだ。〉(本書より)
 雑草との戦いは農業の歴史であった。朝から晩までの畑仕事というと、草むしりのことであった。農業は好きだが草むしりは好きではないなど成り立たないだろう。ある年齢になったら田舎ぐらしで畑仕事でもやってのんびり暮らそう、なんて耳にしたりする。雑草とりはのんびりするものではなく、死にもの狂いでするものだと、私は経験者として、おしえてあげたいくらいだ。とはいうものの、みんな雑草を甘くみている。甘くみているうちは、いいというのである。







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