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評者◆前田和男
若きLGBT人権活動家・尾辻かな子の巻⑧
No.3170 ・ 2014年08月09日




■さて、こうして「居場所」を見つけた尾辻かな子だったが、その場に“安住”することはなかった。そもそもそこは真の意味で“安住”の場所などではなかった。当初は仲間がいると知って嬉しさいっぱいで遊んでいるうちに、同性愛に関する本格的な議論や論究にもふれるようになった。
 ちょうどフェミニズムやジェンダー論が大学の授業にも組み込まれ始めたころだった。特に大学町の京都にはジェンダー論を講じることができる教員が多くいた。さらに当時「コンソーシアム京都」という他大学の授業もとれる先駆的な制度ができていて、たとえばメディアリテラシーとジェンダー論の草分けである鈴木みどりによる立命館の講義を聴講することができた。
 本からも啓発をうけた。人目を気にしながらではあるが、やっと書店で本を買えるようになり、小説では仁川高丸の『微熱狼少女』をむさぼり読んだ。日本の書籍では、すこたん企画の伊藤悟の同性愛関連本、池田久美子の体験的告白本『先生のレズビアン宣言』などから啓発を、海外物ではハーヴィ・ミルクを描いた『ゲイの市長と呼ばれた男』『フロントランナー』から刺激を受けた。
 多くの本は、「同性愛は病気ではない」「昔は精神疾患だとされていたのだが、同性愛者たちの運動で疾患からはずされた」から書き起こされていることに改めて衝撃をうけた。また当時はアメリカ発のフェミニズム運動をうけて「個人的なことは政治的なことである」のスローガンが尾辻の耳にも届いていたが、一気に「政治」に関わろうとは思わなかった。「政治」はともかくも、同性愛者が抱える悩みは個人的な問題ではなくて、「社会」のほうの問題なのではないか? そう思いいたるようにはなった。
 今まで自分の中のプライベートな問題だったものが、教育(リテラシー)の問題や社会意識の問題や制度の問題だということが徐々にわかってきた。
 こうしてLGBTの世界の根源に目が開かれるにつれて、当初は楽しくてどっぷりとつかっていた「業界」のあり方に違和感を覚えるようになった。どうして、夜に人目を忍んで集うのか? どうして偽名を使うのか? どうして職場などの個人情報を教えないのが暗黙の了解事項なのか?
 昼間に素顔のままで付き合える場があってもいいのではないかと思っていたところへ、本名を名乗って休日の昼間に交流できるサークルを立ちあげていた立命館のゲイの学生から、手伝ってほしいと声をかけられた。対象はどこにもアクセスできない人たちで、どちらかというとゲイが多めの「ミックスサークル」で、Lの対応が手薄なので尾辻はそれを引き受けることになった。
 カジュアルな若者ファッション誌「カジカジ」などの募集欄で呼びかけた。そのせいもあってか、集まったのは夜の「業界」とは縁遠い、かつての尾辻のような「クエスチョナー」――すなわち「同性愛者やバイセクシャルかもしれないという自覚はもちながら身の処し方がわからず一人悩んでいる人」が多かった。これまた尾辻と同じで、身近でLGBTに出会ったことがない“孤立無援者”たちだった。
 そんなメンバーのために、月に1回集まりをもち、ボウリングやらカラオケやらレズビアン映画鑑賞やら、さらには冊子づくりなどを企画、運営した。評判になって『月刊セクシャリティ』でユースサポート系サークルとして紹介されたこともあった。
 このサークル活動を通じて、いわゆる夜の「業界」から疎外されて仲間と出会えずに孤立している人がいかに多いかを思い知らされた。尾辻本人がそうだっただけに、10代の子たちが安心して出かけられて、同じような悩みや迷いを抱えた仲間と出会える場の必要性を痛感した。それだけにとてもやりがいを感じる活動だった。
 一方、クラブの中には遊び一辺倒ではないものもあり、そこからも啓発をうけた。
 たとえば京都の「クラブメトロ」では、ドラァグクイーン(女装したゲイのパフォーマー)のショーと一緒にHIVの啓発もやっていた。ちなみに関西の「LGBT業界」でも地域差があって、どちらかといえば大阪は“遊び系”、京都は“芸術系”“啓発系”の色合いが濃かった。京都があらゆる面で先進的な頃で、“芸術系”の伝説的な拠点として、京大近くの木造一軒家に、「ジェンダーとセクシャリティ」と「アートとライフ」を二つの活動軸にした「アートスケープ」があった。そこではHIV/AID啓発のための「エイズポスタープロジェクト(APP)」が取り組まれ、それに関わっていた張由紀夫は後に東京・新宿2丁目に情報センター「akta」のスタッフとしてHIVなどSTD(性感染症)啓発の中心的人物となる。
 また、パフォーマンス系ではドラァグクイーンの草分けといわれるシモーヌ・深雪も京都のクラブで活躍していた。企画面でも人材面でもLGBT界で京都が最も光り輝いていた時期だった。今から考えると、まさにどんぴしゃりの時期に同志社に入ったといえる。もしもっと早く同志社に入学して卒業していたら、あるいは東京の大学を選んでいたら、そんな輝ける京都のLGBT界に出会うことはできなかった。そんな時期に、同じ京都の屋根の下で下宿生活をしていたことは尾辻にとって僥倖であり、後のための大きな糧になったといえよう。
 このようにして、徐々にではあるが、若きLGBT人権活動家の卵は雛にかえってよちよち歩きを始めつつあった。それでもまだまだ親睦中心のカジュアルなサークル活動の世話役であり、「親身になってくれる良き先輩」でしかなかった。
 雛が一人前になるためには、まだまだ越えなければならないハードルがあった。空手もそうだったが、尾辻かな子は、どうやら最初からトップで走るタイプではないらしい。中段か後方にいて徐々に頭角をあらわす、競走馬でいうと気合いが入るのが遅いタイプなのかもしれなかった。(文中敬称略)
(つづく)







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