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評者◆稲賀繁美
根絶やしと,根をはることと――ルーツとルーツの対話――日仏シンポジウムより
No.3169 ・ 2014年08月02日




■太寛常慈さんは臨済宗の仏人僧侶。フランスのアルデーシュ県サン・ロラン=デ=パップに「緑の断崖」Falaise verteと呼ぶ禅の団体を営む。1968年より7年間を神戸の祥福寺で過ごしたが、日本という土地に「刺し穂」が根付くには3年の修行が要求された、とその足取りを振り返った。日本での禅宗の修行は、その前提としてフランスという土壌から自分の根を抜く行でもあった。自分のなかの出自を空にすることなくしては、新たな経験に浸される余地が生まれない。無用なものを斬る覚悟。それこそ道場の中央に鎮座した文殊菩薩が手にする剣だった。世界市民とは根無し草deracineであればこそ、複数の根から活力を授けられる。自己soiを究めるとは真に根を下ろす修行なのだ、と常慈さんは語る。
 この体験談はイスラームの神秘主義の言葉を呼び覚ます。ペルシアの詩人ルーミーには、葦笛の歌という有名な譬が知られる。葦笛は自らが生い育った葦原から刈り取られて初めて、笛となる。だがその歌は、葦原からの別離の嘆きに他ならない。人は根無し草となってはじめて歌うべき詩を知る。預言者や詩人が古来、故郷を追われる境涯を生きたことも、偶然ではない。日本神話であれば草薙の剣を思い出すのも的外れではあるまい。己が根から切り離されてある笛の音とは、自らの根拠たる神からの離別を代償としてこの世に棲む実存の声の比喩だろう。このマスナビーの哀歌は、サルマン・ラシュディーの『悪魔の詩』を訳した故に殺害された、五十嵐一(ひとし)が愛唱してやまぬ悲歌でもあった。
 わがそのにしげりあひけり外国(とつくに)の
 くさ木のなへもおほしたつれば
「五箇条のご誓文」で開国和親を宣言した明治天皇の和歌である。「おほしたつれば」とは雄々しく立つ、の意味だろう。外国産の植物が明治の御苑の植物園に見事に生育するさまを寿ぐ御製である。「茂り合い」とは外来種と在来種とが並び合って繁茂する姿を描く言葉だろう。外来の文物や民草が国土に根を据えるenracine。それを頼もしく愛でる君主は、攘夷の排外主義とは無縁の理想を謳う。ところが一神教の神は峻厳に他信仰を排除する。
 ユダヤ教やキリスト教の神は、無から世界を創造するcreationの意志である(『創世記』)。これに対し『古事記』冒頭を見ると、敷島の列島では葦牙(アシカビ)の如く萌え騰る生成と繁茂generationとその反復regenerationとを慎ましく寿ぐ。伊勢神宮は20年に一度の遷宮を迎えたが、持統帝の時代に制定されたこの造替儀礼も、再生の積み重ねを人為によってまねぶ。生命の連続と新陳代謝を
「流れ」fluxのうちに感得する世界観が窺える。
 ともすれば文化の根源を探る東西対話は、国粋の根に執着して、東西の原理的対立を誇張しがちだ。曰く一神教/多神教、創造/生成、あるいは選民/草莽。だがどうだろう。根無しと根付きとの往還から、東西を横に跨いで世界の霊性の渡りを考え直す機縁もあるのではなかったか。
 高千穂神社宮司、後藤俊彦氏は、世継ぎのご子息を病で喪った落胆のさなか、境内に立つと一陣の風の息吹に祝福された。宮司はカミの身許へと旅立つ霊の臨在に触れたという。「風立ちぬ、いざ生きめやも」Le vent se leve, il faut tenter de vivre.P・ヴァレリーの「海辺の墓地」の有名な詩句だが、堀辰雄の与えたこの名訳もまた、宮崎駿監督の映画により、再び若い世代に手向けられた。魂は風に乗り文化の東西を超えて邂逅を遂げる。ひとたび地上の根を断たれた霊は、風となって漂泊し、また違う土地に根付く夢想を育んでゆく。
*「ルーツとルーツの対話」Dialogue Racines contre Racines, Colloque franco‐japonais(2014年3月11‐14日。三重県伊勢市、皇學館大學)での筆者の即興発言を再録する。偶然から生まれた奇蹟が生む「むすび」。その去就を問うた主催者と参加者各位に謝意を表す。







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