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評者◆第一回 みすず書房・持谷寿夫社長
100分の90も支えるのが図書館の存在――出版界もプラスの役割を理解し、再生産の循環の一員という認識の共有を
No.3161 ・ 2014年06月07日




■「出版(業)の今、変わるものと変わらないもの」

 ベストセラーの複本問題を契機に、一部の出版社から無料貨本屋と揶揄されている図書館。しかし、それは出版社も図書館も互いを理解していないからこそ生じる誤解なのではないか――。図書館流通センターの谷一文子代表取締役会長は「出版社と図書館をつなぐシリーズ」と題した講演会を、自身が館長を務める神奈川・海老名市立中央図書館でスタートさせた。毎回、出版社の社長を招き、図書館関係者に出版界について理解を深めてもらうのが狙いだ。第1回のゲストに招かれた、みすず書房の持谷寿夫社長は「出版(業)の今、変わるものと変わらないもの」と題して、出版社を取り巻く環境変化のなか、経営者としてどのような考えで舵を取っているかなどを語った。ここでは主な要旨を掲載する。

 みすず書房の創業は1946年。初めの刊行が、片山敏彦『詩心の風光』。初版1万部で1冊20円。実はこの本、同じ内容でソフトカバーでも同時期に出版されており、今では考えられない発行のしかた。今回調べて初めて知った。この後、「ロマン・ロラン全集」、「原色版美術ライブラリー」、「現代美術」「現代史資料」というような大型のシリーズが、社の礎をつくっていくことになる。
 同時に、会社が軌道に乗るきっかけになったのが、時代を超えて伝えられるロングセラー群。代表的なものがヴィクトール・E・フランクルの『夜と霧』や、『生きがいについて』『こころの旅』などの神谷美恵子氏の著作。戦後すぐの時代にもとめられていた、政治や経済や社会思想などの、実践的な社会科学系の出版物の時代から、60年代以降の人間の精神や内面性を対象とした人文科学の世界へと変化していくなかで、みすず書房は海外の出版物の翻訳を中心に人文科学の出版をおこなっていった。こうした出版を目指したのが、創業者の小尾俊人氏であり、その慧眼であったことはいうまでもない。
 『夜と霧』は現在二種、あわせて、約100万部の発行。と同時に、「みすず書房」という出版社を性格づけた本となった。原題は「一心理学者の強制収容所体験」。このタイトルで刊行していたら、おそらくここまで売れることはなかったはず。これを『夜と霧』としたのが、出版物の社会性をよく表している。タイトルや装丁には 本にこめられた思いや、そのときの時代性が色濃く反映していて、今でも出版社は工夫を重ねている。
届きづらいロングセラー群
本と読者の関係がリセット
 『夜と霧』は1956年に刊行以来、毎年1万部以上売れている。なぜこの本が社の性格を表しているかといえば、この本が人文書の3つの要素を備えているから。それは越境性、個性、普遍性。『夜と霧』を文学として読むか、歴史として読むか、心理学として読むか。読む人によって異なるし、どういう読み方も可能。これが越境性、そして、過酷な状況のなかで、希望を失わなかったという著者のたぐいまれな個性。さらに、世代を超えて読み継がれていく、という普遍性。
 こうしたロングセラー書を基盤にして、出版活動を継続している。だが、“いる”から、“いた”と過去形で表現しなければならなくなってきているのが、現在の厳しい状況。新しい読者に届きづらくなっている。読者の高齢化や、デジタル環境の進展などの構造的な要素があって、一概にはいえないが、伝えるのに必要な情報の流れ方が変わっているのでは、と感じる。
 今は、本と読者の関係が、一度リセットされた状況ではないか。人文書のロングセラーが読まれないわけではない。『夜と霧』を読書感想文の題材として選ぶ中高生がいるように、伝えられていく本もある。だが、それは少数。先輩や先生から教えられ、書店や図書館で出会っていくケースが少なくなっている。興味がなくなったかというとそうではなく、やはり、伝わり方の問題が大きい。
 伝える手だてをととのえられれば、時間はかかるが、ロングセラーは読まれるはず。その時は必ずくる。だが、出版社とはいえ、経営体である以上、その時を待っているだけというわけにはいかない。違う方向からの安定を考えることになる。具体的には既刊のロングセラーと同時に新刊書へと刊行の主体をシフトさせていくこと。ただ、新刊書へのシフトは、刊行点数の増加と表裏して品切れになる本の増加ももたらす。ロングセラーを指向する出版社の最大の課題がこの品切れをどう防げるか。年間100冊売れる本を、残し続けられるかということ。電子化やオン・デマンド化も有力な手だてではあるのだが、活かしきれてはいない。
 現在、新刊刊行は年間80~90点、進行や原価の管理を綿密に行なっている。一点のライフサイクルが短いなかで、新刊をロングセラー化させていくためにも、在庫もふくめた単品の管理は欠かせない。
 図書館は、新刊書を購入する存在という印象をもっている。願わくは、ロングセラーの既刊書も蔵書していただきたい。新設の図書館がこれだけ増えれば既刊書も当然必要のはず。出版社の身勝手かもしれないが、品切れを防ぐ一助にもなる。売れないという理由で置かれないのは、書店店頭では仕方がないかもしれないが、売れないのと、読まれないのは違う。時間が必要なのだ。出版社が図書館にさらに働きかけなければいけない部分でもある。
PBは個人の読者が目的
「元の本も意識してほしい」
 PB(ペーパーバック)は本の循環の過程でつくられる形態。大部数で持続した刊行が必要なので、力のある出版社が主体になる。需要が予測しづらいのが本の商品特性とすれば、大部数をつくるためには、それなりのリスクを自らが負わなければならないからだ。現在は、各分野の単行本がかなりの点数、PBに置き換えられている。だが、すべてではないし、PBで出れば、元の単行本の商品価値は薄くなり、品切れにもなりやすい。PBオリジナルの本は少ない。図書館がPBを多く蔵書する、というのは利用者の要望にこたえるという観点からは理解できる。だが、元の本があり、それがスタートとなり循環しているということは、利用者だけでなく、図書館の方にも意識してほしいこと。PBは、大部数の製作を前提にして、個人の読者に届けることを目的にしている。
 図書館は無料貸本屋という言説がある。出版界の複本購入などへの不満は収まっているようでもあるが、そうだろうか。書籍出版は、ロングセラーや新刊のベストセラーで全体を支える構造になっている。しかし、ベストセラーは100分の10、100分の5という割合でしか生まれてこない。この利益の源であるベストセラーを図書館が多数貸し出しているのでは、と思ってしまうケースもあるように見受けられるのは、否定できない。
 ただ、100分の10がベストセラーであるとすれば、残り100分の90も支えているのが図書館の存在というのも真実。簡単に実証は難しいかもしれないが、図書館界も積極的に発信してよい機能だし、出版界もそのプラスの役割を理解する必要がある。自社でも2000部以下の初版という本が多くなっていることから考えても、図書館に多くを支えてもらっているのは実感している。両者の関係をオープンに議論できれば状況は変わってくるし、そこに出版界と図書館界が協働できる糸口がある。
 出版社は図書館をマーケットとして意識してこなかった。だが、そうしたことを言っていられない状況になっている。そのためにも、出版社は積極的に働きかけていかなければならない。出版の多様性を支え、再生産の循環の一員であるという認識を共有し、具体化できれば、利用者の支持は得られるはずだし、資料費増額の要望も説得力を増す。
 刊行する出版物の質とかたちには、こだわりを持ち続けていきたい。ただ、こだわりだけで売り上げを維持し利益を上げるのは、いつの時代でも困難であることに変わりはない。変わらないこだわりを持ったうえで、その本の潜在力を発揮させるための方法は、時代の変化のなかで、柔軟に対応しなければならないと思っている。ものとしての本をつくることがすべて、という感覚から脱し、読者へと伝えていく力が、現在の出版社には不可欠である。一社だけではなく、自立したうえでの連携は十分に考えられる。
 本はどこまでも、人と結びついたメディア。かたちとしてつくり、かたちとして残す。デジタル化されたデータを利用するという読書の方法が登場したとしても、すべてではなく、目に見えないながら、かたちにより伝えられていくものは多い。だからこそ、人と本との出会いの場が必要とされる。今、時間を超えて伝えるための場の確保の努力を、携わる者でしなければならないし、出版社はその場に適した出版物を生み出すことがさらにもとめられている。







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