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評者◆ウィー東城店・佐藤友則氏
美しい物語として街の本屋の閉店を語るのは止めてほしい――本だけにこだわらない“よろずや”という生き方
No.3153 ・ 2014年04月05日




■広島県の北東隅、庄原市東城町にある書店・ウィー東城店は、1998年7月にオープンした比較的新しい書店である。その業態は他に類を見ないほどで、書店内に美容室やエステルームを併設するほか、年賀状などの宛名書き代行、印刷代行、印鑑製作なども引き受けている。今ではこの街には欠かせない〝よろずや〟として、地元民から厚い支持を得ている。しかし、後継者の佐藤友則氏(37歳)が店長(兼専務)として同店に赴任した頃は、社業を窮地に追い込むほどの赤字店だった。佐藤氏は同店を約10年かけてテコ入れし、地域に慕われる優良店に変貌させた。佐藤氏はどうやって店を変えたのか、その足跡を追った。
 美しい物語として街の本屋の閉店を語るのは止めてほしい――。ウィー東城店の佐藤店長は、近年に街の書店と呼ばれる老舗書店が閉店するたびに、耳触りのいい内容で語るメディアや出版業界関係者に対して、そう主張する。
 「お客さんの要望に対応しきれなくなったから、書店が倒産、閉店していく。これは閉店理由の一つにすぎないが、経営が厳しければ潰れるのは当たり前の話。業界でも有名な書店が閉店すると聞いた時は、あそこが潰れるなら他の街の書店のすべてが潰れるとすら思った。でも、そこの店長が最後に『街の本屋は厳しいので、本は街の本屋で買ってほしい』という話をした。私はこの言葉にすごく抵抗を感じた。買ってくださいとお願いする商売はおかしいし、どこかずれている、と」
 そう厳しい言葉を投げかけるのは、自身が経営者であるがゆえだろう。一方で、赤字の店を黒字に回復させるために、あらゆる手を駆使した佐藤氏の自信の裏返しともとれる。――本以外で何か打てる手はなかったのか? それを一つでも試したのだろうか?――。自身のこれまでの経験を振り返りながら、本屋を断念していった人たちに心の中で呼び掛ける。
 「自分のやってきたことが、本屋の邪道と言われることもある。その地域だからできること、と一蹴されることすらあった。でも、私は本という世界を通じて色々な商売ができると思っている。そこを広げていくこと、このやり方を今後も追求していきたい」
 佐藤氏の実家は、広島県神石郡神石高原町という片田舎にある書店「総商さとう」(以下、本店)。同社は今年、創業126年を迎える老舗店で、現在社長を務める佐藤氏の父(66歳)で3代目になる。曾祖父の開業時は、書籍類に加えて、石鹸やローソク、衣類、マキなどの生活雑貨のほか、文具や化粧品、タバコなども販売していたほか、新聞販売店も営んでいた。〝田舎のよろずやさん〟という体裁だったようだ。
 父である現社長が約30年前に家業を継いだときにこのスタイルを一新。本、文具、化粧品、タバコ、新聞に扱い品目を絞った。在庫ロスや値引き販売などで利益が取りづらい商材をカットしたのである。それが、神石にある現在の本店のスタイルとなった。売り場は約40坪で書籍類は15坪、化粧品が10坪、文具が10坪ほどの構成。書籍は店売よりも、教科書販売や配達など外商がメーンである。現社長の代は高度経済成長など日本の好景気に恵まれ、経営は順調だったという。

■東城町に初出店

 総商さとうの転機となったのが東城店の出店。現社長が佐藤氏に社業を継いでもらうことを前提に、庄原市東城町にオープンした。売り場は110坪。本のほか、文具・CD・化粧品・タバコも扱う複合店のスタイルだ。同社初の2号店である。
 「私が高校生の頃、父は会社を継がなくてもいいと言っていたが、自分自身はその時から店を継ぐつもりだった。大阪の大学に通っていた頃に、継がせたいという思いが沸いてきたようで、帰省した際にはそう告げられた。父が経営の勉強会に行った時に、『息子に継がせたいなら新たなステージがないと無理。もう1店出店しないと会社として生き残っていけない』と指摘され、人口減が続く神石という街だけで商売しても息子に将来はない、と出店を決めたようだ」
 しかし、蓋を開けてみると、ウィー東城店の経営は厳しかった。これまで外商を主戦場に働いていた佐藤氏の父のスタイルと店売中心の書店とは運営方法がまったく異なる。「経営が苦しいという話はずっと聞いていたが、どうやら従業員とも軋轢があって、現場の不満が溜まっていたようだ。私が帰るきっかけになったのが社員とパートが2人ずつ、会社を辞めると揉めだした時だった」
 大学を中退し、当時のいまじんの社長の勧めで、いまじん黒川店(名古屋)で書店修行していた佐藤氏は、オープンから3年後の2001年7月に東城店の店長兼総商さとうの専務取締役に就任した。しかし、当時の東城店はあらゆる意味で〝ボロボロ〟だった。3年間赤字を垂れ流し続けただけではなく、小売として最も重要な地元民の信頼も得られず、文字通り底辺からの出発だった。
 「周りからはどうせ潰れる店と言われ、驚くほど地域の評判が悪かった。田舎だから、そういう話が広まるのも早い。社員とパートの4人は結局辞めたのだが、息子を帰らせたいから従業員のクビを切ったという話にすり替わって、街中に広まっていた。さらに会社の経営もギリギリのところまで来ていたようだ。本店は利益が出ていたが、東城店が大赤字。毎月の運転資金の工面に四苦八苦していた、と後から聞かされた」

■信頼回復を優先し地元民の御用聞き

 東城店に赴任した佐藤氏は店舗の売上を上げ、赤字から脱却させることを最優先課題にした。そのためには地域住民の信頼を回復することが第一と考え、まずは地元民の御用聞きに徹した。「元々、思っていたのだが、書店は本を売った時点で物語が終わっている。その後、お客さんが本を読んで感動して、また来店して本を購入する――このサイクルにこそ、新たな本屋の役割のヒントがあるはず。本を売ったら終わりという店のあり方を変えようと考えた」
 その根幹にあったのが、同社の経営理念「たらいの水の話」。二宮尊徳の教えとして有名で、たらいの水を自分の方に引き寄せると、水は逃げていく。相手に与えるように押し出すと、こちら側に帰ってくる。この例えが転じて、幸福を独り占めしようとすると逃げていくが、相手に尽くしていると幸福は勝手にやってくる、という教えである。
 佐藤氏はひたすら〝水を押し出した〟。地域の客に言われたことに、愚直に応え続けた。新たに補充した店舗スタッフにもこの方針を説明し、店舗が一丸となって、顧客の要望の一歩先まで応えようと動き回った。
 「品切れ・重版未定の本」を求められたら、他店を探し回った。20人から予約を受けた大人気小説が初回配本ゼロであっても、他店を駆け回って揃えた。「明後日までにこれら5点の本が必要だ」と言われたら、競合といわれるネット書店から購入した。出版社に在庫があると分かれば、送料は着払いでも構わないと説得して直送してもらった。顧客から手数料を負担してもらうケースもあったが、ほとんどの書店で匙を投げられていた顧客にとっては最後の砦。多少高くついても構わないと注文してくれたという。地域の駆け込み寺として、徐々に地元民からの信頼を集め始めるようになってきた。
 すると、本以外の相談や要望なども寄せられるようになった。漫画好きな若者の話が止まらず、午後9時の閉店後も話し相手をし続けた。自動車の運転免許を取得したいというブラジル人をサポートするために、閉店後に教習所の授業の補修を行った。自分史を本にしたいと原稿を持ち込んできた87歳のおばあちゃんの自費出版を手伝った。古いラジオが壊れたので直してほしいというおばあちゃんに代わって、修理の方法を探した。写真の引き伸ばしの依頼を受けたものの業者の手違いで期日までに渡せないと分かれば、新幹線で大阪の倉庫にまで写真を取りにいった。
 ここで紹介したのはほんの一部だが、従来の書店に寄せられる要望をはるかに超えている。形だけを見れば、曾祖父の開業時のよろずやに戻ったようだ。スタッフたちはそんな状況を「毎日がアドベンチャー」と話す。煩わしいなどとは思っていない。むしろどう解決できるかを楽しんでいるようでもある。

■赤字から脱却利益率が改善

 01年から5年が過ぎた頃、光明が見え始めた。CDを除く、全ジャンルの売上が持ち直してきたのだ。「04年頃から、化粧品のお客さんからの要望を受けて、実験的にエステを導入した。ほかにも、年賀状や名刺などの印刷代行も引き受けるようになった。断ったことは1、2件あったかもしれないが、顧客の声を拾い続ければ、ビジネスにまでつながることが分かった。本が売れなくなったからと書店は店をたたむ。でも、なぜそこまでして本だけにしがみつくのか。なぜ本の商売だけにかじりつくのか。本屋は本を通じて色々なことができる」
 赤字から脱却し、目標とする月商に近づきつつある中、2008年に複合印刷機の導入、そして10年の美容室・エステルームの併設によって、ウィー東城店の財務内容が劇的に改善した。
 これまで名刺の印刷、年賀状の宛名書きなどの印刷は外注していた。しかし、顧客からの要望の増加によって、自前で印刷すれば粗利が上がると考え、複合印刷機を購入した。また、化粧品売り場を担当していた佐藤氏の妻に、エステや美容室を開いてはどうかという要望も上がっていた。幸い佐藤氏の妻は元美容師ということもあり、エステルームと美容室を店内に設置する大改装を行った。すべて顧客からの要望を聞いた上で、ビジネスになると判断した。
 美容室はオープンから現在まで予約が途切れたことはないほどの活況という。また、美容室と書店の相性は思った以上に良かった。顧客と一対一という接客スタイルが奏功し、『お灸のすすめ』(池田書店)が100冊売れるなど相乗効果も得られた。
 「結局、売上だけが問題ではないということが分かった。店舗の年商はここ数年ほとんど変わっていない。だが、全体の粗利率は5ポイント以上伸びた。書籍の粗利は少ないが、美容室は8割、印刷代行も8~9割ある。書籍・雑誌売り場はオープン時から大きな変化はないが、相乗効果もあって微減に留まっている。本屋プラスアルファという考えで、付加価値や利益率が高いものを足し算していけば、書店は強くなれる」
 現在も実験という位置づけで、コーヒーなどの飲料を提供している。将来的に要望が高まれば、売上が落ちた商材を削り、カフェスペースにすることも視野に入れている。こうした試行錯誤は常に続けており、成功の影には無数の失敗があったという。
 佐藤氏が複合化を進めるのは、街の本屋という業種、本専業の書店が限界に来ていると考えているからだ。確かに、東京の往来堂書店、福岡のブックスキューブリック、熊本の長崎書店などは街の本屋であり続けるために、本にこだわりをもって書店を経営している。そういう店は他にもあるし、その可能性を否定するものではない。しかし、人口減、過疎化が止まらない地域では、書店も含めた小売店がどんどん閉鎖しており、コミュニティ自体が崩壊寸前にまで陥っているという。
 「田舎はもう大変。東城町の人口は1万人以上いたが、いまや8700人にまで減っている。だからこそ、私のような御用聞きが成り立つところもある。地域でなくなった小売業をカバーする受け皿が必要とされている。ただ、書店はまだ他の小売業に比べて、希望がある。本屋は文具や雑貨、カフェなど主体的に複合商材を選ぶことができる。しかし、文具はそうではない。本が選択される側に回ったら、それこそ本屋の終わりの始まりといえる」

■地元民に支えられる理想形の小売業に

 都市部よりも確実に人口減の影響を受けているからこそ、住民が欲する商材を導入し、生き残るために手を尽くす。それは同店が地域住民に支えられ、必要とされている証でもある。これこそが小売業の理想形といえるだろう。
 ただ、この道を選んだ理由はもう一つある。出版業界への失望である。「本で頑張りたいと思ってもこの業界はなかなか応えてくれない。某ベストセラーやガイドブックの予約がたくさん入っても、初回に入荷するのはわずか数冊。某ベストセラーは1冊も来なかった。化粧品業界で、予約分の商品が来ないということはありえない。そこら辺で私は業界を見限っているのかもしれない。それに、電子書籍で書店の売上が下がるとか、武雄図書館は問題だとか、出版業界内では色々な批判が渦巻いている。しかし、そんなことを言っていても客が本屋に足を運ぶようにはならない。経営の観点からみると、例えば武雄図書館の場合、そこに満足しているから市民や県民は足を運ぶ。だったら、書店もそれに匹敵するものを追求していくべきだろう」
 佐藤氏が店長に赴任してから13年目を迎える今年10月に、晴れて4代目社長に就任する。「まだ銀行借り入れが残っているが、できるだけ少なくなった段階、そう遠くない将来に店を出したい。ただ、今の業態では弱いと思うので、新しく組み合わせる商材を考えている。やはり、一経営者として、生き残っていく〝書店〟の姿を次の世代に提示したい。今の20代が本気で本屋をやりたいと思える、本を主軸とした新たな街の本屋をつくりたい」
(了)







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