書評/新聞記事 検索  図書新聞は、毎週土曜日書店発売、定期購読も承ります
評者◆稲賀繁美
アムリタ・シェルギルとその「姉妹」たち――「全球的世界美術史」構想とその陥穽(2)
No.3149 ・ 2014年03月08日




■アムリタ・シェルギルAmlita Sher‐Gil(1914‐1942)はどこにでもいる。それはインドの近代美術史を飾る先駆的な女性、シーク教徒の父とハンガリーのユダヤ系の血をひく母親との間に生をうけたひとりの混血女性にはとどまらない。アムリタが歴史に名を残すのは、彼女が非欧米人ながら油彩によってパリで活躍し、その作品がデリーの国立近代美術館に常設展示されているからだろう。同世代には日本の画学校を卒業した朝鮮や台湾の画家、民国期中国で活躍した女流作家もある。羅蕙錫(ナ・ヘソク)、潘玉良、陳進などがもっとも著名だろう。またインドネシアならばカルティニの場合を想起できようか。画家ではないにせよ、民族主義の高揚のなかでジャワ発の原風景の形成に貢献した女性である。
 だがそもそも職人と藝術家との区別はどこまで妥当なのか。インドでもグジャラートのカッチでは室内装飾絵画を女性が手掛ける。だがその作品は文化人類学の対象にすぎず、美術史という制度や学問分野からは零れ落ちてきた。西欧的な藝術家の範疇に属さないからである。日本画の高名な女流画家が世界美術史に登録されないのは、ただ単に西欧の教育機関に設けられた学術分野が、日本画を対象から除外してきたからにすぎまい。彼女らは英語圏の大学では、東アジア言語・文化コースで女性論の対象となるばかりである。インドと日本の両者をつないだ女流画家として、秋野不矩が日本では著名だが、世界という舞台では、彼女の存在はまるで認知されていない。そしてアムリタのみならず、秋野不矩もまたさまざまに多数存在してきたはずである。
 オーストラリア・アボリジナル絵画でいえば、エミリー・ウングワレはひとりでアボリジナル絵画市場全体の売り上げの5%以上を占めてきた。アボリジナル絵画は現存する究極のプリミティヴィズム絵画として脚光を浴びた。それはオリエンタリズム(「東方」を舞台とした他者表象)からジャポニスム(極東の他者の文法の自己本位化)、そしてプリミティヴィズム(「未開」社会を触媒とした魔術的自己表現)という段階を経由した、西欧社会の地球認識、他文化理解が、地球表面を覆い尽くし、フロンティアを消滅させたあとで、最後に発見した藝術である。エミリーの没後にその市場価格は桁違いに上昇したが、豪州絵画市場における彼女の評価はその後20年揺るぐことなく、アボリジナル絵画のトップのたかだか20名ほどが、他の豪州白人作家たちを圧倒して、顕著な競争力を誇り、国際美術市場を牽引している。白豪主義による政治的抑圧と人種差別という過去への補償作用が美術という領分で金銭的に採った贖罪の姿。そうした社会学的分析もあろうが、それによって事態を合理化するだけの勇気を、筆者は持ちあわせない。
 こうして世界各地に出現した非西欧世界の「アムリタ」たちを並べてみるという企画はどうだろうか。彼女たちには相互に直接の関係はない。だが西欧とその余分The West and the Restという力関係が世界各地で、地域的な差異は示しつつも、同列の体験を紡いだはずだ。19世紀後半から20世紀中葉に至る全球的世界美術史は、こうした切り口からこそ、鮮やかに見えてくるだろう。だがこうした試みは、抑圧されたものの復権という体裁を装いつつ、新たな覇権主義に結びつきかねない危険をも孕んでいる。被抑圧者への理解もある、善良で健全な美術史学という幻想がそれである。







リンクサイト
サイト限定連載

図書新聞出版
  最新刊
『新宿センチメンタル・ジャーニー』
『山・自然探究――紀行・エッセイ・評論集』
『【新版】クリストとジャンヌ=クロード ライフ=ワークス=プロジェクト』
書店別 週間ベストセラーズ
■東京■東京堂書店様調べ
1位 純喫茶の空間
(難波里奈)
2位 安倍官邸vs.NHK
(相澤冬樹)
3位 全身芸人
(田崎健太ほか)
■青森■成田本店様調べ
1位 どう見える?
生きる跡アート
(高橋弘希)
2位 下町ロケット
ヤタガラス
(池井戸潤)
3位 大家さんと僕
(矢部太郎)
■新潟■萬松堂様調べ
1位 払ってはいけない
(荻原博子)
2位 柳都新潟古町
芸妓ものがたり
(小林信也)
3位 このミステリーがすごい! 2019年版 (『このミステリーがすごい!』編集部)

取扱い書店企業概要プライバシーポリシー利用規約