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評者◆稲賀繁美
知的偽善への対抗のために――「世界美術史」構想とその陥穽(1)
No.3148 ・ 2014年03月01日




マルセル・デュシャンの実験映画に、スクリーンに映っている人物たちが、最後にはスクリーンを破ってそこから現実世界へと「闖入」するという作品が知られる。はたして「具体」グループの村上三郎による「紙破り」はデュシャンの映画を知っていたうえでのパーフォーマンスだったのだろうか。いずれにせよ、そこには、額縁で仕切られた画面という平面の内部へと藝術を押し込める態度を抑圧とみて、それに抵抗しようとする姿勢が顕著である。これを比喩として考えてみよう。
 美術史と呼ばれる歴史記述は、あくまで美術史家が学術として営むべきもの、との通念がある。だがどうだろうか。むしろ藝術家にはそうした学術的枠組みを破壊し、あるいは内部から解体する任務があり、それが藝術家の社会的な存在意義の一半をなすはずだ。そんなコントロール不可能な藝術家の振るまいを、なんとか枠に収めることが美術史家の営みであるならば、藝術家はそうした枠組みの裏を掻き、それを無効にしてみせる。この鼬ごっこの相乗効果、メビウスの帯よろしき化かし合いという生態をそのままに捉えるような歴史記述を実現することはできまいか?
 「現代」とはまだ整序されていない進行形だが、「近代」とは整序された言説空間、master narrativeあるいは「主人然と振る舞う単一の物語」による支配の貫徹した場所だろうか。とすればpostmodernないし脱近代を通過した21世紀10年代の今の時代にあって、なお「現代」を「近代」へと整除する方策はあるのだろうか? 全球的世界美術史Global Art Historyとはmaster narrativeの不可能性を出発点に宿した、最初から倒錯した課題だったのではなかろうか?
 二一世紀を迎える前後から、全球的世界美術史Global Art Historyが語られるようになるとともに、ヘーゲル流の西洋中心進歩史観や時代精神論は、もはや「政治的に正しくない」と批判され、忌避されるようになった。だがヘーゲルの何が悪いのだろうか。What’s wrong with Hegel? むしろ世界美術史と呼ばれる枠組みは、徹頭徹尾、西欧近代による知(エピステーメー)の世界制覇の一環として理解すべきではないのだろうか。そうした現実を隠蔽して、見た目の客観性に基づいた世界美術史地図を描いてみせる試みこそが、偽善ではなかろうか。それはかえって、「西欧」がこの500年にわたり世界史的な寸法で犯してきた植民地的簒奪に加えて、それを後追いする形で達成した学術的なる「知的犯罪」を隠蔽する行為ともなりかねない。その「犯罪」とは、「世界史」なる枠組みの専横的な構築である。近年それは脳神経科学の装いを擬態したneuroarthistory神経美術史へと変態中である。

 *「Questioning Narratives, Negotiating Frameworks, Art/Histories in Transcultural Dynamics‐‐語りを問い、枠組みを折衝する:文化を跨ぐ動態における複数の美術とその歴史たち」。と題する国際会議が2013年12月5‐6日の両日、ベルリンにおいて開催された。会場はベルリン自由大学および隣接するベルリン国立美術館講堂。その総合討論の最後に請われて即興で行った発言に必要な補いを施して、以下心覚えとして3回に分け報告する。







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