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評者◆池田雄一
恥辱にまみれた人生だらけ
No.3145 ・ 2014年02月08日




■――いきなり映画の話題になりますが、巷で話題になっている『ハンナ・アーレント』をご覧になったそうですね。
▼アーレントって、彼女の人生そのものが、まるでメロドラマのようじゃない。映画にするとどうなるんだろうという気はしたんだけど、いや、いい映画でしたよ。アーレントは、ナチスが台頭してきたときにフランスに逃げて、その後アメリカに亡命し、そこで『全体主義の起原』を書いて注目を浴びる。そのアーレントがアイヒマン裁判の記事を「ザ・ニューヨーカー」に載せたところ、内容が反ユダヤ主義的だということになって、大騒ぎになる。映画では、そのあたりが描かれているんだけど、まずは作品としてすごくいい出来だった。
 たとえば、アーレントが裁判をモニタごしに見ている場面があるんだけど、画像が、まるで水槽のように見えるんだよね。あれは実際の記録映像を使っているのでは。その水槽を、じっと見つめるアーレントの眼がいいんですよ。水槽のなかのアイヒマンと対照的で。あと受像機の存在感が、かなり出ていて、そこだけまるで『ビデオドローム』みたいだった。
 『全体主義の起原』のなかに、帝国主義についての論述があるよね。帝国主義は、剰余資本を海外に投下するという経済的理由から始まったんだけど、なぜか「人種」という概念の実体化に帰結してしまう。その過程でアクターとなったのが「剰余労働者」。アーレントは、それを「モッブ」と名付けているんだけど、国内で使い捨てにされていた労働者が、行き場をなくして海外に新天地を求める。いまで言えばマルチチュードみたいなもんでしょう。でもアーレントは、そのモッブに、冷徹な視線を投げかけている。
 ――マルチチュードと言えば最近、廣瀬純『アントニオ・ネグリ――革命の哲学』(青土社)という本も出ましたね。
▼ネグリの概説書としては国内初の本らしい。いろいろな場所で発表された論考、もしくは書き下ろしによって構成されているせいか、章の独立性が高い。ドゥルーズとネグリの関係について論じた「怒りか、恥辱か」という章は、いま話したモッブとも繋がってくる。この本によると、ネグリは労働者の主体性がなければ革命はありえないと言っている。その場合の主体性の契機となるのは、ネグリの場合「怒り」ということになっている。なんていうか、男の子だよね。
 こうした「怒り」に対して、ドゥルーズは「恥辱」がより本質的だと考えている。
 たとえば、コンビニの弁当って、みんな漠然と「機械」が作っているものと思いがちでしょう。でもあれは、じつは機械のような動きをする人間が作っている。桐野夏生の『OUT』を読んでいる人はわかると思うけど。ベルトコンベアにのっているスイーツに、チョコチップをふりかける動作だけを一人で何万回もくりかえす。そのような状況にネグリは「怒り」の契機を見ているけど、やっぱり怒りというよりは、まず恥辱だよね。そんなことやっていたら「生まれてすみません」という気分になってくるよね。
 べつの箇所では、あとはネグリによるバリバール批判も検討されている。そこではジェイムソンが言っている「消失する媒介者」が丁寧に説明されて、議論の俎上に載せられている。カトリックの制度と資本主義、ともに閉じたシステムであって、そのままだと、前者から後者に移行することはありえない。
 どうして移行が可能になるかと言えば、プロテスタンティズムが「消え去る媒介」として機能していたからだ。プロテスタントには、キリスト教としての身体と、資本主義としての精神というように、心身の分離があり、それが媒介を可能とさせているけど、それはプロテスタントがキリスト教を徹底した結果でもある。デリダの脱構築みたいな話。例の「ベーシック・インカム」も、ネグリは「消え去る媒介」のひとつだと考えている。
 ――そういえば、大澤真幸『思考術』(河出書房新社)という本も出版されました。
▼大澤真幸がどうやって仕事をしているのか興味があるので、読んでみたけど、その方面での収穫はあまりなかった。めぼしい収穫としては、彼が親指シフトを使っていたことくらいじゃない。こちらとしては野口悠紀雄の『「超」勉強法』みたいなノリを期待していたんだけど。
 大澤真幸といえば、少し前になるけれど、『不可能性の時代』(岩波新書)のなかで、「現実への逃避」という言葉が出てくる。この本では、リストカットみたいなことが例にあがっていたけど、震災のあとは、この「現実への逃避」が全国規模でおきている。大澤の本では、むしろラカンの言う「現実界」への逃避という意味合いが強かったけど、いま見られるのは、端的に「復興」や「東京五輪」という現実への逃避でしょう。
 そう考えると、東浩紀による『福島第一原発観光地化計画』(ゲンロン)というのは、オタクの消費者運動として評価できるような気がする。アーレントの話の続きで言えば、オタクとは「剰余消費者」とも言える存在として考えることができる。消費することそのものが、「恥辱」に対して構成的に働きかけているという意味では、オタクはきわめて政治哲学的な存在だと思う。この雑誌の装丁がもっているイメージは、どこか「消え去る媒介」みたいだよね。
 ――そろそろ小説の話にいきましょう。小山田浩子の「穴」が芥川賞を受賞しましたね。
▼そうそう「穴」。このあいだゼミでこの作品を読んだときに、学生から出た解釈なんだけど、この主人公って、穴に落ちた時点で、すでに死んでいるんだよね。だとしたら、死んでいることに気がついていないのが重要なんだと思う。死者の世界に迷い込んできた、という話になったらダメでしょう。
 主人公を穴からひっぱりあげるのは、「世羅さん」なんだけど、彼女が着ている白のスカートと白の上着は、死を暗示する文学的なお約束だよね。これが暗示にとどまっているのがいいんだけど。まさに穴を掘るように、解釈によって何かを掘り起こしていくような読み方ができる小説。
 ――今回の芥川賞候補では岩城けい『さようなら、オレンジ』(筑摩書房)も各方面の評価が高かったようですね。
▼書き出しを読むと、メロドラマ全開なのかと思うんだけど、最後まで読むと、何かいい夢を見ていたような読後感があるでしょう。アフリカ系の移民であるサリマが主人公になっている物語と、夫の仕事の都合により異国で生活を始めた日本人の女性が、英会話の先生に向けて書いている手紙、ふたつの文章が交互に入っている。最後まで読むと、時系列的には手紙が先で、サリマの物語が後だということがわかる。手紙というのはサリマの物語をこの日本人が書くまでの経緯が綴られているんだよね。
 そのことによって、小説の「話者」と「主人公」の位相を描くことに成功している。これはすごいよね。話者と登場人物の関係って、普通はどうしても作品に入れ込むことしかできないのに、この本では、その位相が、作品と作品の「あいだ」に位置している。この位相がまたいいんですよ。
 この本を読むと、主婦という存在について、あらためて考えさせられる。たとえばネグリ/ハートが「マルチチュード」といった場合、主婦はカウントされてないじゃないの。でも主婦もまた、主婦であることが「汚辱」に対しては構成的にはたらく訳でしょう。「穴」や『さようなら、オレンジ』は、この恥辱の感覚にたいして、非常に繊細なんだと思う。そして『さようなら、オレンジ』における女同士の絆が美しいのは、そのせいでもあるんだと思う。
 ――今回の文芸誌はどうでしたか。「新潮」には、平野啓一郎の短篇「透明な迷宮」が掲載されていましたが、それこそ「恥辱」をテーマにした作品のようです。
▼身柄を拘束されて、大勢の見ている前での性交を強要されるという冒頭部分だよね。でも、あんなに人が見ていたら、立つものも立たない気がするんだけど。それはいいとして、なんでこの主人公は、こんなにモテているわけ? それに最後も、いくら双子だからといって、別人だったら性交する前に気がつくでしょう。書き手の天然ぶりが遺憾なく発揮されているという意味では面白かったけど。
 あとは木村友祐の「ひのもとのまなか」(「すばる」)は地味だけど何故か面白く読めた。青森から上京してきた峯田という青年の話なんだけれど、この峯田がさんざん苦労して都会のハビトゥスを身につけたんだけど、東北に帰ったときには東北のハビトゥスにぶつかってしまう。まさに「媒介」としての上京者だよね。それと、峯田はお人好しで、受動的な人間だから、やはり「恥辱」にまみれてしまう。
 ――「文學界」には津村記久子の「地獄」という短篇も載っていました。これ、面白いですよね。
▼「地獄」という概念って、作品になった瞬間に笑えるものに変換するよね。この作品もコントとして面白く読めた。でも、この小説にはどこか怖い部分がある。読んでいるうちに、この語りの外部に出られないんじゃないか、という気になるんだよね。これを読んだ時点で、読者もすでに死んでいるんだけど、そのことに気づいていないだけとか。まるで「穴」の主人公だよね
――つづく







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