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評者◆稲賀繁美
多国籍化する専門書店への羨望 パリの新刊書店にみる昨今の事情──書店の現在を考える(1)
No.3111 ・ 2013年05月25日




 たった数日だが、所用でパリに立ち寄った。用務の後、週末しか暇がとれなかったので、古本屋を冷やかす余裕もなかった。その代わり新刊書の専門店を幾つか梯子してみた。
 あらためて認識したのは、専門店の重要さである。エッフェル塔をセーヌ河の対岸に望むシャイヨー宮の「建築と遺産の都市」には、建築関係を専門とする書店がある。ジャン・ヌーヴェルの斬新な建築が毀誉褒貶喧しいブランリー美術館には、アフリカ・オセアニアのみならずアジアの民俗や人類学、美術や音楽をふくめた文化に特化した書店が設けられている。さらに市街東のパリ大学ジュシュー・キャンパスに隣接するセーヌ河岸に位置するアラブ文化研究所の売店には、アラブ・イスラーム関係の書籍が大量に並んでいる。フランス語の出版物だけでなく、アラビア語やペルシア語ほかの書物も、かなりの品揃えを誇る。パリ・日本文化会館も地上階の売店では日本書をある程度揃えているし、上階の図書館ではヴィデオの貸し出しが人気を博し、また図書館は多くの閲覧者で常に賑わっている。ここはパリにおける日本語・日本関係の情報源として、立派な機能を果たしているのである。
 翻って日本の場合、専門書籍店が極めて少ない。神田神保町の古書店街でさえ、この分野ならこの老舗という定評を維持している店舗は、もはや少ない。一誠堂程度の床面積をもち、特定の分野に特化した書店となると、日本にはまず存在しない。ここで改めて不憫に思う。なぜパリに出来ることが、東京をはじめとした日本の都市では、無理なのか。
 一極集中の極東の首都は、あまりに広大で、専門店が必要な顧客を惹き付けるには、交通の便が悪く、導線を確保できない。逆に地方都市では、直接の来店を期待しての営業は不可能だろう。大型で重量ある美術書に特化するなら、今や昔の80年代は、池袋のセゾン美術館に併設のArt vivantには、舶来外書のご威光がなお保たれていた。だがそれもバブルの崩壊とともに消滅した。渋谷の東急文化村の書店が、規模は小さいものの、かろうじて昔日の栄光の跡を今に伝える。現在、公共美術館に付設された美術専門書店で、それなりの存在感があるところといえば、せいぜい都現美内のナディッフくらいに限られようか。
 専門店はなにも広大な店舗を必要とするわけではない。それこそオンラインでの目録でも営業は成り立つはずだ。むしろ駅前のキオスクに毛の生えた程度の零細な小売店には、日本全国一律にどこもかしこも似たり寄ったりの書籍しか置けないという現在の流通機構、また多くの地方都市の公共図書館にしても、公共サーヴィスの名のもとに、これといった特徴もない千篇一律の運営を強いられている行政の現状に、この国の文化的停滞ぶりが集約される。小粒だがピリリとした山椒のような専門特化の小売店経営を可能にするような流通交易環境を復興すること。それが民度を計る指標であり、長期的景気低迷を知的に脱するための、ひとつの不可欠な試金石、不可欠なる長期的展望となるのではないだろうか。
 パリとて、文化の中心としての地位は、この30年で随分と凋落した。だが充実した専門書店が生き延びるだけでなく、新陳代謝し繁盛している姿には、まま羨望を禁じえない。
(国際日本文化研究センター研究員・総合研究大学院大学教授)







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