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評者◆稲賀繁美
海上覇権とは何か?領域国家のヘゲモニーとしての国際秩序から脱却するために──交易の海賊史観にむけて:文明の海洋史観を超えて? (3)
No.3097 ・ 2013年02月09日




 500年のスパンで世界史を見るならば、いわゆる近代的世界観は欧州列強の海賊行為によって樹立されたといってよい。トリデシリャス条約は、「発見」したての新大陸とインドとの区別も不分明な1494年に、ポルトガルとスペインとで地球を山分けする、世界大の海賊行為だった。経度計測の不備から、結果としてブラジルは今日に至るまでポルトガル語圏に属している。そもそも南欧が富を求めて大航海を企てたのは、地中海がイスラーム勢力の支配下にあったからだ。「新大陸発見」の1492年はまたグラナダ陥落の年だが、キリスト教国連合が地中海の制海権を握るには、1571年のレパント沖海戦でのオスマン帝国の敗北を待たねばならない。それに先立つ十字軍が実際には海賊行為同然だったのは周知の事実。ポルトガルのゴア占領は1511年だが、バスコ・ダ・ガマの航海路も、アラビア商人のダウが航行した経路に侵入したに過ぎず、ここでも簒奪行為を働いたのは南欧側だった。
 イベリア半島統一を背景に、「日の没さぬ帝国」を築いたフェリペ二世(1527-98)は、先述のとおり、豊臣秀吉(1537-98)と同時代人だった。秀吉の「朝鮮征伐」は、現実には明遠征に加えて、スペインの野望とも対峙していたことになる。御朱印船貿易と南洋日本人町の発展は、スペインによるマニラ‐アカプリコ間のガレオン船航路の成立と並行していた。支倉常長の教皇謁見はその航路に立脚する。新大陸と日本からの銀の流失が、新大陸とアフリカ、欧州の三角貿易の決済を支えていた。ヴェネチアと堺との比較は一見突飛に見えるが、世界交易史の構造を照し出し、角山榮の説では、欧州の資本集約的金融と極東の労働集約的生産との対比を浮彫りにする。その余韻は、西洋的物欲を東洋的精神主義と対比し、利休の自刃で巻を閉じる、岡倉覚三の『茶の本』にまで、影を落としている。
 櫻井正一郎氏の『女王陛下は海賊だった』は一般向きの体裁をとった学術書だが、ドレイク船長に代表される私掠が大英帝国の繁栄を築いたことは、学会では常識だという。紆余曲折を経て、大英帝国が地中海からインド洋、東アジアに至る海上航路の制海権を握るのは、十九世紀中葉以降。澁澤栄一や福澤諭吉らは、日本からのその最初の目撃者だった。マラッカ海峡を手中に収めたのはラッフルズの功績に帰するが、彼は地域のスルタンたちを相手にこう諭した。貴殿らに海賊行為が恥辱でないのと同様、英国にとって交易は恥辱でない、と。ヘゲモニーとは中国語での「覇権」では語弊がある。それは関係者の権益追求に寄与しつつ最終的な利潤に与る構造を掌握する権能、を意味する。海賊行為はヘゲモニーへと成長を遂げるや、国際秩序という美名に変貌する。国際社会こそがヘゲモニーの又の名に他ならない。国際関係論では常識以前だが、この認識を新たにする必要があろう。
 この世界モデルはsealaneの確保を領海の延長で国際法上の正義とし、公海上の交戦権を国家主権に付与する。だがこの「国際法」は英蘭の植民地獲得のさなか、香料諸島での衝突やシンガポール海峡での拿捕事件をめぐる訴訟から生まれ落ちた、という出自をもつ。グロティウス『戦争の海と平和の海』起源の国際法の枠組みは、今や賞味期限を迎えている。
(国際日本文化研究センター研究員・総合研究大学院大学教授)







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