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評者◆稲賀繁美
「バッタもん」現象の史的背景―その源流を輸出漆器の意匠に探る──交易の海賊史観にむけて:文明の海洋史観を超えて? (1)
No.3095 ・ 2013年01月26日




 「バッタもん」とは、正規の流通ルートではなく仕入れた商品のこと。棚崩れ品や倒産品を含む「わけあり」の品を指す。関西では「バッチもん」すなわち偽物とは区別される。岡本光博さんは、この言葉遊びを活用して、ブランド品の模様を纏った殿様飛蝗を考案した。神戸ファッション美術館で展示されたが、ルイ・ヴィトンが偽造販売に該当するとの嫌疑で展示中止を求めたのは2011年の出来事だった。商標侵害行為に関するパロディが、実際の商標侵害によって訴えられかねない事態を招いた。ひとまずは、そう形容できる。
 笑って受け流す人々と、血相を変え、訴訟沙汰だと目くじらを立てる人々と。その分水嶺はどこにあるのだろう。また商標を印字する行為と、それが印字されてよい物品を限定する行為と、その物品が商品として流通することを認可する権限とは、どう区別されるべきなのか。そもそもブランド品の商標それ自体の商品化にこそ、倒錯があるのではないか?
 商標とはtrademarkであり、交易品の正統性を保証するための刻印だった。正統性の刻印はなぜ必要だったのか。こう問えば、密造品や偽造品横行という実態が透けて見える。交易が交換価値と付加価値とに利鞘を見出す営みである以上、それは偽造と裏腹だ。海賊版とはよく言ったもので、正統な取引の水面下には必ず海賊行為が隠されている。とすれば交易の歴史的実態を把握するためにも、海賊史観が必要となるはずだ。統計に現れる数値の背後に潜む裏取引、闇取引、抜荷にこそ、実質経済の真実の姿が隠されているからだ。
 chinaとは陶磁器、japanとは漆器だった。景徳鎮では伊万里の贋作が焼成され、有田からは偽の景徳鎮が輸出された。ロンドンにあるパーシヴァル・デイヴィッド卿の蒐集はそうした貿易の虚虚実実の実態を如実に納得させる。輸出蒔絵を見れば、十七世紀前後を境に南蛮漆器から紅毛漆器へと大変貌が発生する。聖書台や蒲鉾型櫃が、台形の函に意匠を変ずる。日本の典型たるべき形態は、実際には欧州の需要に従って変幻自在だった。さらに平戸の商館長カロンが関与した、通称「マザラン公爵家の櫃」がV&A博物館に残る。豪華絢爛たる贈答品だが、王朝絵巻と思しいその絵柄は、今日の専門家が鑑定しても、何を描いた場面か判然としない。いかにも日本らしいが、実際には荒唐無稽な絵柄を、当時の日本の職人たちは、輸出先の意向に沿って捏造していたことになる。「偽造された正統性」あるいは「正統なる偽造」とでも称すべきだろう。いわば商標のバッグがバッタに変態を遂げたに等しい。
 極め付きはベルナール・ヴァン・リザンベール二世の手になるロココ家具。日本産蒔絵は、今や既に不明の特殊技法を駆使して、基材平面から薄く剥がされ、曲面なす家具に、巧みに「皮膚移植」されている。グッチやフェンディあるいはシャネルの商標をプリントした布地が、製造元は知らぬ間にトノサマバッタの形態に貼り付けられたのと、同工異曲。はたして元禄の蒔絵屋胴元は、タイムマシンでロココ時代に転送されたら、この模様替えを目にして、裁判所に差し止めを請求しただろうか。
 「バッタもん」の伝播経路と変態過程に注目する裏面交易史。海洋史観に代わる海賊史観による歴史「貼り替え」を提唱したい。
(国際日本文化研究センター研究員・総合研究大学院大学教授)







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