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評者◆稲賀繁美
詩の解釈をめぐる争論の彼方を透視する――尹東柱(ユン・ドンジュ)「序」詩の翻訳から見えてくるもの・上
No.2956 ・ 2010年03月06日




 木下長宏『美を生きるための26章』は2009年の成果として歴史に残る名著だろう。アルファベットに沿って選ばれた26人の登場人物のイニシアルが振られたなか、Yは尹東柱(Yun Dong Ju、윤동주)。著者の見事な読解に導かれ、『天と風と星と詩』の詩人について私見を述べたい。
 尹東柱(1917‐1945)は同志社大学在籍中に、従兄弟の宋夢奎とともに治安維持法違反の容疑で逮捕された。ふたりは前後して福岡刑務所で死亡している。状況からみて尹は、民族運動に挺身した同宿の宋に連座して検挙されたもの、と見るべきだろう。運よく破棄されずに生き延びた原稿に残された詩が、死後大きな反響を呼ぶことになる。
 とりわけ人口に膾炙した通称「序」詩は、すでに11種を越える和訳を数える。ここにその全文を引く余裕はないが、その翻訳の詳細については、朴銀姫氏に詳細な検討がある。訳の比較読解により問題を浮かびあがらせよう。
 最初の1行について、金時鐘訳(1981)は「死ぬ日まで天を仰ぎ」、大村益夫訳(1984)と伊吹剛訳(1984)はともに「死ぬ日まで空を仰ぎ」と訳す。原文の「天/空」はハヌルだが、キリスト教徒ならばそこに神の国を透視するだろう。また韓国の文脈では天空神ハムニムのことが否応なく想起される。「空」か「天」かで、すでにその含む意味に揺らぎが見える。詩人自らの意図を忠実に復元することを使命とする訳業がある一方、キリスト教なり民族主義なりにひきつけた解釈をもって正しいとみなす立場も、無碍には拒絶できまい。大村訳が「空」を取る背景には、儒教やキリスト教の含意の匂う「天」を避け、詩人の実存空間を揺るぎなく定位したい、とする訳者の、強靭な思想的基盤が投影されている。あくまで「天」に拘る日本キリスト教団出版局との違いは、明らかだろう。同志社大学構内への碑文設立に関わった「建立委員会編」訳では「天」の字を用いながら、「そら」とルビを振っている。そこには語彙の多義性に対する配慮と工夫が認められる。
 3行目については「葉あいにそよぐ風にも」(伊吹訳)なのか、「葉あいに起こる風にも」(大村訳)か、との論争が訳者同士で展開された。大村益夫は「風」パラムにファシズムの峻烈な暴風への詩人の抵抗を読む。伊吹訳では情緒に流れ、詩人を裏切っている、というのが大村の批判である。ハヌルとパラムのかかわりが最後の行の解釈を左右する。大村訳は「今宵も星が風に吹かれる」、伊吹訳は「今宵も星が風にふきさらされる」と一見大差ない。大村は尹東柱にあっては「「風」が時として「星」の存在を危うくする存在の意味」を帯びると述べているが、この哲学に比較して、実際の訳は素っ気ない。動詞は間島(カンド)地域の方言では受身だというが、金時鐘訳はその点に理解が行き届かなかったためか否か「星が 風にすれて泣いている」と敷衍する。先行する金素雲訳の「星が風に吹きさらされている」は穏当だが、日本語として落ち着きすぎでは、との金時鐘の危惧が、やや過剰な訳語の提案に結びついたものだろうか。(以下次号)
(国際日本文化研究センター研究員・総合研究大学院大学教授)







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