文学
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堀田善衛研究の完全版と言える労作
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書籍・作品名 : 堀田善衛とドストエフスキー
著者・制作者名 : 高橋誠一郎 群像社 2021
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三好常雄(すすむA)
61才
男性
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本書は堀田善衛(1918-1998)とドストエフスキー(1821―1881)との「ただならぬ」関係を微に入り細に亘って調べ上げた労作であり、堀田善衛研究完全本ともいえる。二人の間にはちょうど1世紀の隔たりがある。ドストエフスキーは世界文学に屹立する巨人だが、堀田善衛も、私の見解では、日本文学に屹立する巨人、大江健三郎(1935―)と並び得る存在だ。作品数も膨大で、堀田善衛全集(筑摩書房)全16巻(1975年以降の作品は未収)に対して、大江健三郎全小説(講談社)全15巻と引けを取らない。二人がドストエフスキーを絶賛しているところも共通している。前者が絶版状態にあるのは出版社の大いなる怠慢だ。
本書が取り上げている堀田善衛作品を出版年順に並べれば、『国なき人々』(1949)『祖国喪失』(1950)『十二月八日』(1950)『広場の孤独』(1951)『漢奸』(1951)『夜来香』(1951)『祖国喪失』(1952)『囚われて』(1954)『夜の森』(1955)『時間』(1955)『記念碑』(1955)『上海にて』(1955)『「ねんげん」のこと』(1955)『奇妙な青春』(1956)『C・D・からの呼び出し状』(1956)『インドで考えたこと』(1957)『黄金の悲しみ』(1957)『拝啓』(1958)『零から数えて』(1960)『海鳴りの底から』(1961)『発光妖精とモスラ』(1961共作)『審判』(1965)『スフィンクス』(1965)『若き日の詩人たちの肖像』(1968)『美しいもの見し人は』(1969)『方丈記私記』1971『ゴヤ』(1974~1977)『路上の人』(1985)『至福千年』(1985)『定家明月記私抄 正続編』1986,1988『ミシェル 城館の人』(1991~1994)『未来からの挨拶』、(1995)『天上大風』(2009死後出版)である。半端でない。
一方、参照されるドストエフスキー作品は、『白夜』『カラマーゾフの兄弟』『白痴』、『罪と罰』『どん底』『憑かれた人々』『死の家の記録』『エフゲーニー・オネーギン』『悪霊』『未成年』『おかしな男の夢』と代表作品が並ぶ。著者は二人の作品を交互に比較して、どこがどう似ているかを解き明かしてゆく。
例えば、堀田の『審判』で、唐見子と叔父の恭助が「近親相姦」関係にあるとしたのは、〚罪と罰〛のソーニャが家族を養うために売春婦に身を落としたストーリーを、ブルジョアの「出家」に適用するのは難しいので変えた、という手の込んだ解釈までしてしまうが、それはそれで説得力がある。
嬉しいの両作家の読んだことのない本であっても、本書からストーリーが見えてくる点である。評論には著者の「強調ポイント」は判るが、そこが話の中で、なぜ強調されるかが判らず、論者の独りよがりと決めつけてしまうものが多いのだ。
読み進めてゆくとロラン・バルトが「作家の死」と述べて世上を驚かせた文学理論「間テクスト性」に行き着いてしまうのだが、それや或いはバフチンのいう文体上の特徴という有名な理論をはるかに超えて、堀田はむしろ意識的にドストエフスキーの内面に入って行こうとしていると読める。彼の作品中にはドストエフスキーの名前やストーリーの一部がわざと挿入されて、メタ文学の様相を示しているのも多い。現代文学はドストエフスキーから始まると言われる由縁を堀田は鋭く理解していた。
昨年プーチンが、ドストエフスキーを「天才的な思想家」と評したことから、名声を傷つけたと評判が悪いが、確かにドストエフスキーにはロシア独自の「正教、専制、国民性」と響き合う部分がある。しかし堀田の理解はそんな卑近なものでなく、ドストエフスキーが人間の持つ「邪悪と良心」という矛盾する「重層性」をどう描いたかという人間の根っこに関心があり、事実堀田作品のすべてがこの重層性を追求しているといっても良い。
その堀田に戻れば、彼の幸運は「執筆の開始」が戦後であった、ことにあるのは論を待たない。先輩作家や批評家の多くが時勢に巻き込まれ、戦後それがもとで激しい非難にあった機会を経ずに済んだことだ。もちろん堀田が「時流に媚びた」小説を書くはずはなかったが、苦しまずに変節作家を嗤うことが出来た。氏の初期作品が戦争をテーマにして独特の解釈を含むものであるのは、先輩作家への批判もあると読める。。
本書の厳しい小林秀雄批判は堀田自身のものというよりは、小林に「君はおとなしいね」と何度か言われたという堀田を代弁するものだろう。「僕は無智だから反省なぞしない。利巧な奴はたんと反省してみるがいいじゃないか」とうそぶき(本書では当座談会の後でゲラに書き足したとある)、流麗な文体を誉めそやす[半]教養人を欺き続けた小林は、私も大嫌いなので、大いに留飲を下げた。 |
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