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思想
もう一度自然に教えを乞う
書籍・作品名 : 人間が生きているってこういうことかしら
著者・制作者名 : 中村桂子他 ポプラ社2022  
三好常雄(すすむA)   61才   男性   





対談集である。化学メーカーに勤めていたので、1971年に三菱化成(株)が「生物科学研究所」を設立した時、石油化学全盛当時の感覚から「奇妙な研究機関」を立ち上げたなと思いつつ、中村桂子氏のお名前は存じ上げてきた。対談者で医師の内藤いずみ氏は在宅ホスピスケアの実践者だという。

「ポプラ社」という子供向け本を出している出版社だから、軽いノリの本だろうと暇つぶし気分で読み始めたが、どうしてどうして、内容の奥深さにすっかり参ってしまった。新知識満載というのではないが、中村氏の発言には、私の頭の中に断片の集積としてあった科学知識が有機的に組み直されて、そうかと目を開かせる驚きがあった。

内藤氏は「看取り」というお仕事の中で、御自分を「文化人類学的医療文学実践者」と称し、命を扱う仕事は単なる医療行為を超えて、人間の全人格に関わるものとして、数々の実践例を挙げるのに対して、中村氏はそれらを全生物が有する命の継承というプロセスに位置づけてゆく。「死」という個人にとって未知な一回限りの冒険に立ち向かう不安変わってゆくのを感じた。

1993年に中村氏が立ち上げた「生物誌研究館」の“誌”とは科学に歴史を加味する観方だという。思えばパリ5月革命の高揚の中で、フランスがもたらした現代思想は進歩観念を否定するあまり、共時性を強調して通時性を軽んじる傾向が顕著だった。だが生物を理解するうえで、記憶する/記録する、という行為は欠かせないと中村氏は説く。

そのような観方から観察される生物の特徴は「寄せ集め/使い廻しBricolage」と「循環」だという。現在5000万種に上る多様な生物群は、38億年前に生まれた(ちなみに宇宙が来たのは138億年前、地球が出来たのは46億年前だそうだ)一個の単細胞まで遡ることが出来る。徐々に付加された機能は新規なものが生まれたというよりは「寄せ集め」だった。人間の味蕾と蝶の前足の繊毛にある味覚器官は同じものだそうだ。「人類 Homo sapiens」という世界にあふれている種は5000万種の中の一種にすぎない。「中から目線」で見れば、私は「私たち生き物の中の私」で世界の生物と繋がっている。そういう観念が必要だと。

もう一つの「循環」とは無限に増殖し「死」のない単細胞生物から、有性生殖で子を産み「親」と呼ばれる個体は死ぬという形態変化を指す。生物は自分が死ぬことによって命を継承する「戦略」を選んだ。中村氏の奥深いところは、それを安易に「進化」と呼ばないことだ。「なぜそうなったかは知りませんけれど(笑)。でもこの方が多様になったことは確かでしょうね」で終わる。

だからそういった「自然循環」を強制的に断ち切る「科学技術」は傲慢だという点で二人は一致する。地球を守れといったお題目で今大流行の「SDGs=Sustainable Development Goas 持続可能な開発目標」という語にも問題があるというのだ。
” development”は生物学では受精卵から生き物が出来てゆく発生を意味する。「もともとあるものが展開する」という意味がある。既存のものを活用せずに「開発」の名のもと、効率第一の人間が編み出した科学技術の延長感覚で環境を変えてゆくのは、むしろ「持続性」に対する逆作用だと。

「脱炭素」思想に対する疑問はもっと本質的なものを含む。なぜなら人間を含む全生物を構成しているのは炭素化合物(有機物)だからだ。したがって「脱」炭素促進等と言われると、「私たちはどうなっちゃうの」と戸惑ってしまうのだと。炭素がだめなら水素で、という発想は愚劣だとも。

脱酸素が脱二酸化炭素の略称であるのは論を待たないが、二酸化炭素CO2は炭素化合物の「鬼っ子」で無機化合物である。これを元の有機化合物に戻す技術を化学はまだ生み出していない。それが出来るのはただ一つ、植物による光合成だ。光合成こそ「生き物の中で生まれた基盤的技術であり、変わることなく炭素循環社会を支え続けてきた主役」なのだ。かつて自然は無限だった。我々はその限界を意識せずに果実だけを刈り取ってきたのだった。二酸化炭素増加の脅威にさらされている今だからこそ、我々は植物を基幹とする持続的社会を再構築して行かなければならないのだと。

説くのは簡単だが、人間に変革を促すのは難しい。そうと知りつつ御二人はえらく楽観的だ。その根本には「自然はまだわからないことだらけ」という思想がある。科学技術は判らないことは「想定外」として除外し、判っていることのみを使おうとする。だが自然は想定外に満ち溢れている。自然と謙虚に向き合い教えを乞うこと。この説得は我々「素人」にもつながることかもしれないな、となんとなく安心する。勿論ただそれだけではだめだけど……






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