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子どもたちはどう「実世界」と折り合いをつけるのか
書籍・作品名 : 響き合う子どもたち―共に創る保育の現場から
著者・制作者名 : 遠山洋一 ひとなる書房2022年  
三好常雄(すすむA)   61才   男性   





「パオバブちいさな家保育園」は東京都多摩市にあるゼロ歳児から五歳児を預かる定員80名の私立保育園である。著者の遠山洋一氏は昨年までここの園長だった。

最近私の家の近所にもいくつかの保育園が建てられて、経済人的立場からは、一段と進む少子化傾向のなかでの「業界の成長ぶり」に驚く一方で、保育士の激務とか、低賃金ぶりを新聞等から知る程度。園の内側までは全く関心が及ばなかったので、この本は読み初めからとても楽しかった。

本には保育園運営の「こつ」とかが書かれているわけではない。時事的には新型コロナ禍による園児の低下等が少々触れられているが、主な内容は、保育士たちが記す「育児日誌」から抜粋した園児たちの日常生活のエピソードと、それらにたいする園長先生の寸評である。園長コメントは保育士たちを全面的に信頼した伸びやかなもので、幼稚園から大学教師が陥りがちな「指導」の片鱗も見当たらないのがユニークだ。

文学好きな私はこの本を一種の「物語」として読んだ。端的に言ってしまえば、閉じた世界の中でユートピアを作るために頑張っている大人たち、という読みだ。実際の保育園は「閉鎖社会」であるはずなく、一方に家庭があり、他方に地域や行政との係りがあり、それらに対して「ガラス張り」であるはずだが、その中でも或る種の「別世界=ユートピア」を作り出して行こうという職員たちの気合がひしひしと伝わってくる内容と受け取れた。そんな保育園の内部世界は私にとって新発見だった。

発見とは、まず幼児たちがこれほどまでに「思いやる心」を持っていること、例えば中庭を隔てたウッドデッキで泣いているセロ歳児を慰めるため、「何か自分にできることはないか」とばかり、友達を誘ってジャンプして見せる一歳児。まどかちゃんが椅子をとろうとして凜ちゃんにぶつけてしまった場面で、凜ちゃんが「……わざとじゃないことはわかってるんだけどね。わざとじゃないことはわかってるんだけどね。」と繰り返し、痛みの中でも相手を思いやる発言は四歳児だった。アダム・スミスの言う「共感」は誠に人間生来のものだと深くうなずかされる。

次には、それをそのまま保育日誌に「心が動いた記録」として記す保育士さんたちの目線にも感心した。他にも「初めて段差を乗り越えた」「腹ばいから四つん這いになった」ゼロ歳児とか、ひとりひとりの初体験が、後になってから「あの時だった」と気付くのではなく、現場で発見され記録されてゆくみずみずしい観察にも感動した。この保育園のモットーであるらしい「抑制」が園児たちの自由な想像力や発想力、自発性、協調性などを育んでいると納得する。

「別世界」「ユートピア」に関して言えば、四歳児ともなれば「大人には自由がない」と話す幼児たちが出てくるとも記録されている。問題は、園児たちには、本園で培われた「自由で平等な」繭の中の世界から、「不自由で不平等」な世界への脱皮を迫られるという現実があること。その世界たるや、今や人間が限りなく退化し野獣化している終末期にあるのだから、子供たちの未来も厳しいものになるだろう。否卒業後付近の公立小学校に通う園児と小中高一貫の私立有名小学校に進む子など、分断は直ちに始まる。のびやかに育った幼児たちをそんな実世界に送り出さなければならない職員たちの虚しさも察せられる。職員たちの間では、とうに何度も議論されて了解されている事柄なのだろう。

最後に、本を読みながら始終デジャブ感に付きまとわれていたと告げねばならない。年長児たちが庭でボール遊びをしているとよちよち歩きの一歳児達が近づいてくるのを、「あぶないよ」と抱えて遠ざけるシーン。抱きあげられた一歳児は「両手両足をブランーンと下げて」されるままになっていた、とある。この園の3,4歳児のユニークな「混合クラス」を叔父叔母甥姪達との「ナナメの関係」と称する意見もあるが、私たちの頃の子供世界はまさに混合クラスそのものだった。友達には背中に乳児の弟妹をくくり付けられている子もいて、赤ん坊を原っぱに寝かせ、三角ベース野球に興じたものだ(打球の間に誰かしらがあやしていた)。当時のガキ大将が担っていた見守役を今は保育士さんが担っているというわけだ。

ここの園児たちはどのような思い出を心に残しつつ成長してゆくだろか。本園経営の理念と努力が巣立ってゆく園児たちの精神のどこか基幹部分に長く留まってゆくことを祈るばかりである。






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