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文学
詳細に読み、しかし読み過ぎない
書籍・作品名 : 〚JR上野駅公園口〛
著者・制作者名 : 柳美里 河出書房新社2014年  
三好常雄(すすむA)   61才   男性   





2020年度の「全米文学賞翻訳部門」とNewyorkTimes紙の「今年の100冊」に選出され、評判を得て「里帰り」した本だ。そこで先ず英語版を読み、外国人読者は日本のホームレス制度?に関心を持ったに違いないと納得した。アメリカにもホームレスはいるが、行政に保護?されたり、はないのだろう。だが日本人がこんな風景に涙するのはナイーブすぎる。

ポストモダン風に、時系列を超えた回想シーンが脈絡なく入り組んだ作風は、解きほぐすのに厄介だ。それを読み解ける力量のある読者は、作品の確たる構造を発見して喜びに浸るが、読み解けない読者は関心をそそる部分を「自分に引き付けて」読み、荒っぽい感想を書く。

荒筋は単純だ。1933年に福島県相馬郡八沢村で水呑百姓の8人兄弟・姉妹の長男に生まれた語り手で主人公の森某が、中学卒業直後から各地を出稼ぎした後、東京オリンピックの前年に東京で建設会社に入社、そこの仙台支社で20歳から60歳まで勤める。48歳の時長男を突然死で失う。60歳で郷里に戻り7年間夫婦水入らずの生活を過ごすが、67歳の時65歳の妻をやはり突然死同然に失う。彼はかつて母親がふと洩らした「お前はつくづく運のない男だな」と言葉が忘れられない。67歳の時「死を覚悟して」上野でホームレス暮らしを始め、2006年73歳で上野駅山手線電車に飛び込んで自殺を遂げる。

本書の特色は、幽霊になった男が、上野公園を徘徊しながら、「同僚」のホームレスを見守ったり、生きていた頃の思い出を脈絡なく語ったり、死んで5年後の東北大震災に「立ち会ったり」するその文体にある。彼が既に死んでいることを察知できない読者はこれに
戸惑い、全体図を構築できないままに、数あるエピソードから、自分の琴線に触れた部分
を抽出して批評したりする。そういう読みでも結構何かを言えてしまうのが、この本の
老獪さだろう。

語り手がなぜ生者の傍らに付き添うことが出来るのか。それを説明するのが福島における浄土真宗だ。真言・天台の信者が多い福島で、新移民の門徒衆が独自の風習を頑固に維持できたのは、浄土真宗では、死者たちは死後直ちに「菩薩」の称号を得て現世に立ち返り、生者を傍で見守ると信じられているからだ。

2012年に上野の森美術館で開催された「ルドウーテの〚薔薇図譜〛展」もしつこく言及されるが、薔薇が生前の彼の唯一の恋、キャバレー「白馬車」のホステス純子にまつわる思い出だからだ。

だが詳細に読んでも、語り手がなぜホームレスなったのかと言う肝心な個所が矛盾をはらむことを気付かざるを得ない。

森某氏はやむに已まれず転落したホームレスか。絶対に違う。自分では「出稼ぎ」と称しているが、彼は建設会社の「正社員」だった。努力の甲斐あって、年金を始め各種社会保障受給資格を持ち、自宅や田地も所有する平均的(あるいは平均的以上の)日本人だ。郷里には兄弟、娘や孫の他に、門徒たちとのつながりもあり、妻の死後ホームレスになる必然性は全くないからだ。食うに困らない語り手本人の動機は全く分からない。

「人生にだけは慣れることが出来なかった」と述懐する彼の劣等感の一つに「無学歴」を上げるのはたやすいが、「家庭からの落脱」もそれに次ぐだろう。年老いた両親の面倒を妻に押しつけて単身赴任生活を続けているうちに、家庭や近所付き合いはしっかり者の妻を軸に回り出していた。仙台と福島は帰郷するに困難な距離ではないが、家に戻っても亭主というよりはお客様扱いで落ち着かない気分だったのだろう。

それにしてもと、再び思う。なぜ彼はこれほど厭世的になったのだろう。判らない。「なったからなった」としか言いようがないのだ。敢えて言えばホームレスを描くのに彼を登場させた作家の失策だった、としか。

「琴線読み」の読者の中で、語り手の天皇批判を指摘する人が多い。理由を作者の「在日」被差別感情が原因だとメタ読みする人もいるが、行きすぎだ。確かに天皇に関する記述は多い。平成天皇は同年生まれだし、戦後間もないころ郷里の原ノ町駅で群衆の一人として昭和天皇を出迎えたこと。1964年東京オリンピックの開会宣言を仙台の社員寮で聞いたこと。自殺の日に上野で両陛下を御用車の窓越しに至近距離で観たこと。としつこく書かれているが、偶然に天皇と重なり合うところがあった彼の人生経過を語る際の傍証に過ぎない。彼我の人生比較を反天皇主義の現われとするのは無理があると思う。語り手は我が子に同日生まれの「浩宮」から一字を拝借して「浩一」と名付けている位だから。「木を見て森を見ず」的な、自分の差別意識に引き付けて読むのは作者への侮辱になりかねない。「天皇というと直ぐ畏敬してしまう日本人の習性を暗に批判した」とする手の込んだ批評もあるが、ここまで来ると語り手の手に余る。






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